仁からの質問に綾子はこう答える。
【本は神楽坂仁氏の本が好きです。Godさんは?】
初めてエンジェルから質問を返されたので仁はしめしめと思う。いい傾向だ。
【私も神楽坂氏の本は好きですね。あとは香坂アクト(こうさかあくと)かなぁ? 神楽坂氏の本でお気に入りはありますか?】
『香坂アクト』は仁の作家友達だ。雑誌の対談で意気投合して以降今では飲み友達だ。アクトは偶然仁と同じ歳だったので話も合う。
その時綾子から返事が来た。
【私は『青峰岳ヒュッテに降る星』が一番好きです】
仁は驚く。『青峰岳ヒュッテに降る星』は仁がデビューして間もない頃の作品だった。映画化もドラマ化もされていないのであまり注目されていない地味な作品だ。それをエンジェルが読んでいたと知り仁の頬が緩む。
【あの小説は神楽坂氏の中では地味な作品ですがどこが気に入りましたか?】
【主人公の湊(みなと)が山岳救助隊の武田と山に登るシーンは迫力でした。読んでいると山の恐怖をリアルに感じて鳥肌が立ったくらいです。でも恐怖だけじゃなくて自然の美しさや偉大さを感じる事が出来るのもいいですよね】
【あれは実際に登山に行って書いた作品なので自分にとっても思い入れのある____】
そこまで入力して仁は慌てて消す。こんな事を書いたら本人だとバレてしまう。あまりにも嬉しくてつい素の自分で書き込んでしまった。
仁は背筋を伸ばすと改めて『God』として書き込む。
【なるほど。しかし女性であの小説が一番って言う人は稀なのでは? 少なくとも僕の知り合いにはいないですよ】
【私はちょっと変わっているんだと思います(笑)。Godさんはどの本が一番お好きですか?】
(そう来たか……うーむ、どれにするかな…)
仁は悩んだ後こう返信した。
【やっぱり最新作の『黒百合街道』かなぁ? ああいうジワジワ来る怖さがたまらないです】
【『黒百合街道』私も今読んでいますが凄く引き込まれます。ちょうど半分読み終わったところです】
返信を見て仁は再び頬を緩ませる。エンジェルは仁の古い作品と最新作のどちらも読んでいるようだ。
大抵の若いファンは映画化された目立つ作品しか読んでいない。しかしエンジェルは違うようだ。彼女は仁の小説を一体どこまで網羅しているのだろうか? 気になった仁はさりげなく聞いてみた。
【神楽坂氏の本は全部読んでいるのですか?】
【あ、いえ、一冊だけどうしても手に入らなくて。それ以外は全て読みました】
やはりエンジェルはほとんど読んでくれていた。そして未読の一冊が気になる。
【どの本が手に入らないの?】
【『フロストフラワー』です】
【ああ、それもかなり初期の頃の作品ですね。僕持ってますよ】
【本当ですか?】
【良かったらお貸ししましょうか】
1~2分間をおいてから返事が来た。
【あ、いえ……ここではメールだけのやりとりなので】
【そうでしたね、失礼。まあいつか機会があればという事で】
【ありがとうございます】
そこからは少しメールのスピードが落ちる。いや、これはメールというよりはチャットだろう。リアルタイムのやり取りだ。
その時仁はエンジェルとメールをやり取りして既に30分以上が経過していた事に気付く。
(最初からあんまり飛ばし過ぎてもアレだよな)
そう思った仁はこう返した。
【なんかメール交換だったのにチャットみたいになっちゃってスミマセン。今後も無理せずマイペースでメール交換出来たら嬉しいです。またよろしくお願いします】
【こちらこそ今後ともよろしくお願いします。ではおやすみなさい】
【おやすみなさい】
そこで二人はやり取りを終えた。
仁はフーッと息を吐くと両手を頭の後ろに当ててから天井を見上げた。
(フッ、結構面白かったな。匿名でファンと話すのもアリだな)
仁はそう思いながら微笑むと執筆作業の続きへ戻った。
一方綾子は仁とのやり取りを終えてからもう一度『God』のプロフィールを見た。
(45歳、独身、仕事はフリーランス。フリーのお仕事ってなんだろう?)
そこで綾子は『God』のプロフィール画像を改めてじっくり見た。
(これ、この辺りでよく見かけるニホンリスかな?)
綾子はもう一度『God』のプロフィールを見た。『住まい』は東京になっている。という事はこの写真は旅先で撮ったものなのだろうか?
そこで綾子は『ニホンリス・生息地』と検索してみる。
検索結果には『ニホンリスの生息地は本州、四国、九州、淡路島に生息している。しかし近年では九州においては確実な生息は確認されていない』と表示された。
(随分広い範囲なんだ。じゃあご近所さんって事もないだろうな)
綾子はホッとする。もし彼が近くの人だったら「お茶でもしませんか」と誘われる可能性があるからだ。
(『フロストフラワー』が借りられないのは残念だけれど会う事が目的じゃないから)
本に未練はあるが綾子はあえて自分にそう言い聞かせた。
それにしても今夜は楽しかった。本の話をしていると嫌な事も全て忘れてしまう。夜に憂鬱にならなかったのは久しぶりだ。
そう思うと『God』には感謝だ。
初めて普通の会話が出来るメール友達が見つかり綾子は嬉しかった。たとえかりそめのバーチャルな友達でも話し相手がいればそれでいい。
今日は綾子にとっては小さな衝撃の連続だった。行きたい場所が出来て話し相手が見つかった。
その晩綾子はベッドに入ってすぐに眠りに落ちた。
コメント
6件
エンジェルさんとGodさん👼🍀 お互い、話したいお相手が見つかって良かったですね~✨ 今はメールのやり取りのみだけれど....✉️ いつか逢って 本の貸し借りができる日が来ると良いですね📚️
ユー・ガット・メール がアマプラで観れなくて😭😭😭 全てが焦れった過ぎて… 光江さん、神楽坂氏との関わりが 綾子さんの幸せに繋がる♡ 週末軽井沢行きます! リス🐿に 会いたい 散策楽しんできます
『会話』とあえて言いたい🥹 やり取りの返しのテンポがはじめではないくらい自然でスムーズू(°͈𐃬°͈ ू✧.。.:*いぃ!! そう遠くはない日に📖フロストフラワーを持って軽井沢で会えると….。.:* ♬*゜