その日綾子は休日だった。
綾子の工場勤務は週4日のパート勤務だ。出勤日は月・火・木・金で水曜日と土日に休みをもらっている。
家賃もいらない気ままな一人暮らし、特に贅沢する事もないので週四日働けば充分暮らしていける。
綾子には離婚の際にもらった慰謝料と独身の時に貯めた貯金も多少あったのでもし何かあってもとりあえずはなんとかなる。
そして綾子の父は会社を経営しているので何かあればすぐに帰って来いといつも綾子に言っていた。
父の会社で働いている兄も妹思いの優しい兄だった。兄嫁も兄の同級生なので昔から知っていた。だから義姉とも仲が良い。そんな兄夫婦もいつでも帰って来いと綾子に言ってくれた。
家族のあたたかい愛に支えられながら綾子は今好きにさせてもらっている。
そんな家族も綾子が軽井沢で暮らしたいと言い出した時は大反対した。しかし綾子は何が何でも軽井沢に行きたかった。
その理由は理人の魂がまだ軽井沢に取り残されているような気がしたからだ。
理人の死後ずっと鬱状態だった綾子は日に日に症状が悪化していた。離婚後実家に身を寄せていた綾子はどんどんやせ細り無気力で何も出来ずに横になるだけの日々が続いていた。そして徐々に自暴自棄になり自死まで考えるようになる。薬を飲んでもカウンセリングを受けても症状は悪化する一方だった。
そんな地獄のような日々の中、ある日綾子は夢を見る。愛する息子の理人が軽井沢の雪の中で彷徨っている夢だった。理人は夢の中で泣きながら綾子を探していた。その夢を見て綾子は軽井沢移住を決意したのだ。
しかし精神状態が不安定な綾子を一人で軽井沢に行かせる訳にはいかないと両親は猛反対した。しかし綾子の決心は変わらなかった。
そこで叔母のたまきが間に入り綾子が軽井沢で暮らせるように両親を説得してくれた。
たまきは独身で子供がいないので綾子の事を実の娘のように可愛がってくれていた。そんなたまきが味方についてくれたので綾子の願いは無事叶えられた。
しかし移住するに当たり両親は綾子にある約束をさせた。その約束は『絶対に死なない事』だ。
もちろん綾子は孫を失った両親をこれ以上悲しませたくはなかったので約束は守るつもりでいた。
家族の予想に反し綾子は軽井沢へ移住してから徐々に元気を取り戻していった。
実家で寝ていただけの生活は一変し、やる事が山ほどある軽井沢で毎日身体を動かし続けた。
無償で別荘を借りている以上叔母のたまきに頼まれていた別荘の管理もきちんとやらなければならなかった。もちろん庭の手入れにも勤しんだ。元々ガーデニングは好きだったので庭仕事はそれほど苦にはならなかった。外で活動するうちに綾子は知らず知らずのうちに太陽光を沢山浴びていた。その結果セロトニンが大量に分泌され綾子の鬱と不眠は徐々に解消されていった。森に囲まれた別荘での暮らしは森林セラピー効果もあったのだろう。綾子はここで暮らすうちにどんどん元気になっていた。もちろんまだ完璧に治ったわけではないが今は薬に頼らず眠れるようになりパートにも行けるようになった。
そして今日は初めて日常の買い物以外の外出をする。
綾子は手早く家事を済ませると早速道の駅へ向けて出発した。初めて行く場所なので少しドキドキする。
若い頃はしょっちゅう車で出かけていたのでこんなにドキドキする事はなかったが、今日の緊張具合を見るといかに自分が長い間引きこもっていたかを痛感する。
なんとか心を落ち着けてカーナビ通りに進んで行くとあっという間に目的地へ着いた。
(こんなに近くにこんな施設があったんだ)
この施設は7~8年前に出来たので綾子が元夫と別荘へ来た時にもあったはずだ。しかし一度も来た事がない。
そもそも家族三人で軽井沢の別荘に来たのは二度だけだ。それに隼人は別荘に来ても家族を連れてどこかへ行くような人ではなかった。
軽井沢での食事も朝昼は綾子が作った食事を別荘で食べたが、夕食は一人で外食に出かけていた。
理人がまだ小さかったので綾子と理人はいつも別荘で留守番だった。隼人だけが馴染みの店へ顔を出しに行っていた。
「理人がもう少し大きくなったら連れて行ってやるよ」というのが口癖だったがそれが叶う事はなかった。
隼人にとっての別荘は家族と来る場所ではなく仕事関係者を連れて来る場所だったのかもしれない。いや、もしかしたら愛人との密会場所だったのでは? 今ならそう思える。
周りからは「別荘があっていいわねー」と羨ましがられたが別荘での楽しい思い出など何一つない。
だから綾子はこの辺りの有名な店や美味しい店については何も知らなかった。
ただ学生時代に友人と行った旧軽銀座だけは多少は知っている。その程度の知識だった。
気付くと綾子は昔の事を思い出していた。
(もう済んだ事よ)
綾子は気持ちを切り替え車を降りると早速農産物直売所へ向かった。
直売所では採れたての新鮮な野菜が販売されていた。価格もかなり安い。
軽井沢という場所柄お洒落で珍しい西洋野菜も並んでいる。綾子はそれらを一つ一つ見ていった。見ているだけでも楽しい。
その中に『生産者・寺崎昭』という名前を見つけた。
(もしかして光江さんの親戚かな?)
生産者の顔写真はなんとなく光江に似ているような気がした。年齢も光江よりは少し上だろうか?
綾子はその男性が作った大根とサツマイモをカゴに入れた。それから他のブースも回ってみる。
野菜コーナーの向こうには加工品の売り場がある。綾子はそこでイチゴジャムを一つ選びカゴに入れた。
ジャムの隣の売り場にはスイーツコーナーがあった。チーズケーキやプリンもあったが綾子は少し小ぶりのパウンドケーキを買ってみる事にした。紅茶味と抹茶味があったので紅茶味を選ぶ。
会計を済ませると綾子は荷物を一度車へ運ぶ。
そしてちょうどお昼時に差し掛かったので綾子はお目当ての蕎麦屋で昼食を取る事にした。
コメント
4件
切ない、辛い、そして元夫への憤り…😖 この感情はどこへ吐き出せばいいの?😖 綾子さん車の運転できるんだね、よかった…😭 光江さんお野菜買えたよ😭 どんなお蕎麦食べるのかな😋
うぅぅっ...切ない😢 でも 軽井沢に移り住んでから 少しずつ元気を取り戻している綾子さん。 もしかしたら 理人君が、自分を失って立ち直れないでいるママを心配し 救いたくて この地に呼びよせたのかもしれませんね....👼🍀✨ 道の駅でのお買い物や散策🚗💨 採れたて新鮮お野菜など 美味しくてヘルシーなものを食べて、元気になってね~❗️🍠🥕🍅😋💕
理人君が綾子さんを探して彷徨ってる,切なすぎて😢…絶対元旦那,浮気相手この罪は許されすぎ報いは待ってる。😡😡😡