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「この前のお詫びではないが……メシでも食いに行かないか? 前もメッセージアプリで送っただろ?」
ああ、そういえば、と奏は思い出すが、帰る気満々の時に突然のご飯の誘い、という状況に戸惑う。
「いきなりですね」
「無理にとは言わない。思い返すと俺…………君に対して嫌な事ばかり言っているような気がするから……」
珍しく、怜が発する声優系イケボの声色が勢いを無くしている。
さてどうするか。
誘いに乗るか乗らないか。
今、彼女を誘っているのは、密かに想いを寄せている人である。
そこはかとなく虚ろげな表情を漂わせている怜を見ながら、奏は逡巡した後、腹を括ったように返事した。
「……わかりました。ご飯食べに行きましょう」
思いもよらない返事に、怜の唇がゆっくりと弧を描いていった。
怜の運転で行き着いた場所は、意外にもファミレスだった。
店員に奥の窓際の席に案内され、向かい合って座る。
目の前にいる俳優系イケメンの眉目秀麗な顔立ちを見て、奏の鼓動が忙しなく打ち続けている。
(葉山さん……昔、母が見ていた音大を舞台にしたドラマに出てきた俳優に似てるな……)
改めて怜を見ながら、奏はふと思う。
無言のままの奏に、怜が眉間に皺を刻みながら不服そうに尋ねた。
「何か言いたい事がありそうな顔をしてるな」
まさか、怜がとある俳優さんに似てるなんて、とてもではないが恥ずかしくて言えない。
「いや、社長の息子も、ファミレスに行くんだなぁって思っただけです」
奏は無表情の仮面を貼り付けつつ、鼓動を抑え込むように苦し紛れに答えた。
「ファミレスは普通に行くぞ? 俺は特に外回り中心だから、昼メシはファミレス、ラーメン屋が多いな。蕎麦屋にも行くし」
そう答えた後、不意に表情を微かに歪ませる怜。
「あ、圭は舌が肥えてるから、高級ホテルの中のレストランばかり行くけどな」
先日、車で奏の自宅へ送ってもらった時と同様に、皮肉めいた口調で言い捨てる。
「へぇ。双子でも対照的なんですね」
奏は、睫毛を伏せたまま、グラスの周りに付いた水滴を見つめる。
葉山兄弟は弟の怜から聞く限り、何となくではあるが、奏の中で『怜は圭と常に比較された人生を送ってきたのではないか』と感じていた。
双子故の『あるある』とでも言おうか。
先日の車の件もそうだが、圭の話が出ると、どことなく嫌味っぽい表情になるように思う。
かつての彼女、園田真理子が自分と別れた後、兄に鞍替えしたというのも、もしかしたらあるかもしれない。
怜の中にある『影』のような物を、奏は垣間見た気がした。
「あ、そういえば俺、音羽さんに名刺を渡してなかったよな?」
そんな思考の迷宮に陥りそうになった所で、奏は怜の声でハッとする。
「そうですね。お兄さんの名刺は、先月の創業パーティで頂きましたが」
「全く。アイツはちゃっかりしてるよ」
そう言いながら、スーツの胸ポケットから名刺入れを取り出して、一枚抜き取る。
「改めまして、ハヤマ ミュージカルインストゥルメンツ 営業課長の葉山怜です」
奏の前に、怜の名刺が差し出された。
——ハヤマ ミュージカルインストゥルメンツ 営業課長 管楽器リペアラー 葉山 怜
「葉山さん、リペアマンでもあるんですか? さっき茅場先生に、生徒さんの楽器の調整が終わったって言ってたので、あれ? って思ったんです」
「ああ、俺、大学卒業してからは結局就職しないで、リペアの専門学校に進学したんだ」
「へぇ。意外ですね」
二人で会話をしていると、注文していた料理がテーブルの前に運ばれた。
怜の前には和風ハンバーグ定食、奏の前にはネギトロ丼定食。
二人は空腹だった事もあり、話す事も忘れて黙々と食事を摂っていた。
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