コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「あれは?」
「はあ……女官長と言っておりますが。出は羊飼いのようで、要するに、この国の者は元々、野で天幕《てんまく》暮らしをしていたのです」
「そうではない!あれは、なんだ!」
リヨンは手に持つ扇を女官に投げつけた。
「あの女は、何が言いたい?子を産めと?」
苛立つ主人を前に、女官は静かに頭《こうべ》を垂れる。
「後宮はどれほどの力をもっているのだ?この私が、どうして、女官長ごときの指図を受けなければならない。なぜ、あの女は、王妃の私室にまでやって来る!」
世を知らない王女と、慣習を押し通す女官長。余計な争いを呼び起こすのは、目にみえていた。
当然のことだが、リヨンは自国から外へ出たことがない。
王宮の奥深くで、日々ぬくぬくと過ごしてきた。
いずれは、縁続きの摂家に嫁ぐのだろうと、王である兄の庇護を受けていたのに、こうして異国へ下げられてしまった。
――まるで異なる世界に。
人慣れしていないのは、リヨン自身が一番わかっていた。だから、国許から選りすぐりの女官を連れてきた。
いくらか、大臣達と衝突もあろうと思ってのことで、が、まさか、我が城となる後宮で、女官ごときと……。
おそらく、自分の輿入れにあわせて立てられたであろう王妃の私室。
あまりに違いすぎた。
華がない。
――思い描いていた、王女の輿入れは……。
こんなもので、あってはならぬのに!
飾る織物、寝台のしとね……。
部屋の中に備わる絹は、ずいぶんと質が悪い。
螺《ら》でん細工の化粧箱。青磁の茶器。
それなりに趣向をこらした設《しつら》えも、リヨンには遊牧民の天幕生活と同じに見えた。
自国の部屋は、もっと豪華で居心地がよかった。
「兄王に、知らせなさい!絹を送ってもらわなければ!これで、許されるわけがなかろうに!」
丸く壁をくりぬいた、窓のむこうで、明かりが灯る。
王の私室がある棟《むね》らしい。
リヨンには、それすらも信じられなかった。
王も王妃もそれぞれの離宮で暮らすもの――。
これでは、覗き見されているようで、到底落ち着けない。
今まで、両国は関わりがなかった。
それだけに、リヨンの中で、些細なことが猜疑へとつながった。