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一頻り泣いた後、亜美の方から幸人の下をそっと離れた。
「ごめんなさい、無理を言ったりみっともない所を見せてしまい……」
何処か吹っ切れた処もあったのだろう。その表情は晴々と。
「今日の事は忘れっ――あ……あれ?」
だった筈なのに、枯れたと思った涙がまた溢れそうな事に気付き、亜美は声を詰まらせた。
幸人の己を見る、悲痛そうな表情が涙腺に触れたのだ。
「亜美さん……」
幸人は手を伸ばそうとするが、事前に亜美は身を退いた。
“これ以上優しくしないで”
何一つ叶わぬ想いなら、これ以上優しくしたりせず、いっその事、拒絶してくれた方がまだいい――と。
「ごめんなさい」
亜美は逃げるように背を向け、部屋から出ようと駆け出す。
これ以上は耐えられなかった。幸人に自分の弱さをこれ以上、見せたくはなかったのだ。
このままでは――“また甘えてしまうだろうから”。
「さようなら……」
部屋から出る時に、振り返る事なく呟いたそれは、これからの決別の意味も込めて。
「……くっ――」
今日程、力になれない自分自身に憤りを感じた事はない。
幸人は拳を握り締めながら、無人となった部屋に独り立ち竦んでいた。
「――って、幸人お兄ちゃん!」
「ちょっと、お嬢っ!」
思う間もなく、すぐに悠莉がジュウベエと共に部屋に乱入して来た。
タイミングの良さから、ずっと状況を伺っていたのだろう。
「――って、お前らまさか!?」
一部始終を伺っていたであろう二人に、幸人は戸惑いがちに咎めようと声を荒げるが――
「そんな事より、ちょっと酷いよ~。亜美お姉ちゃん泣いてたじゃん! せっかく幸人お兄ちゃんを頼って来たのに~」
何時になく怒り心頭な表情を見せる悠莉に、それ以上の反論は憚れた。
「お前達には関係の無い事だ……」
「何よそれ~? 亜美お姉ちゃん、打ち明けたくない事も打ち明けて、あんなにお願いしたのに! 幸人お兄ちゃんの馬鹿! 鈍感! 薄情者!」
やっとそれだけを言う事が出来たが、悠莉は収まらず、幸人を一方的に責め立てる。
「彼女の望みは犯人への死じゃない、贖罪だ。それは俺達のやり方とは違うし、彼女をそれに染めさせてはならない」
このまま悠莉の“口撃”が止まりそうもなかったので、間隙を縫って幸人は真理を口にする。
「それはそうなんだけど……。でもでも~、犯人見つけるなんて簡単でしょ? その位、上には内緒でしてあげてもいいじゃない! 幸人お兄ちゃんの立場だったらどうとでもなるでしょ?」
悠莉もそれは重々承知している。
狂座に在るのは“殺し”だけであって、人探しではない事を。
そこを敢えて逸れて、亜美の為に狂座としてではなく、人として――“一個人”として動く事を悠莉は強調しているのだ。
「それは出来ない。俺に出来る事は殺す事で恨みを代行する事のみ。そしてそれは彼女の意思に反する……」
だが幸人は呑まない。頭が固いのか、何か思う処があるのか。
「だから~。別に殺さなくていいじゃん! ちょっと懲らしめてやるだけで。ボクだったら簡単に出来るよ~。生かさず殺さず――なんてね」
尤もな事を悠莉は言っているが、冗談交じりながら恐ろしい事まで言っているのは見逃せない。
「――えとえと~、先ずは精神を崩壊寸前まで追い込んで~。あっ、肉体的苦痛も死なない程度には必要だね~」
心に侵食する悠莉の力なら、それは造作もない事だろう。寧ろ自分が率先してやりたいのか、その過程を具体的に挙げる彼女の表情は生き生きとしていた。
「馬鹿な話は止めろ! とにかく……今回の件は無しだ」
「えぇ~っ!」
変わらぬ決意で今回の件を流そうとする幸人に、到底悠莉は納得出来るものではない。
「まあまあ……。コイツは頭も固いうえ、女心まで鈍い奴なんだよ」
二人の間に割って入るかのように諌めるジュウベエ。一見して冷静かつ、常識的な事を言っているが、やはり固い幸人をおちょくっている感は否めない。
「ホントにそうだよ~。頭固過ぎ鈍過ぎ!」
「……何とでも言え」
もう幸人には反論する気も失せたようだ。再度ソファーへ深々と腰を降ろした。
「亜美お姉ちゃん、単に幸人お兄ちゃんが狂座だから頼んだ――ってだけじゃないんだよ。幸人お兄ちゃんが好きだから。そこんとこ分かってる?」
悠莉は止まらない。だが口調は些か落ち着いている。
“亜美は幸人を好きだからこそ――”
それが分かって尚、珍しく悠莉が嫉妬を顕にしないのは、亜美の本気の意向を汲み取ったからか。
「所詮は、棲んでいる世界が違う……」
それを知ってか知らずか、幸人は煙草を取り出し、火を点ける。
「幸人お兄ちゃん……?」
幸人が煙草を吸うのは、実にあの時――“熊本”での一件以来だ。
その心中に宿すは――
…