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アドラル皇国
18
1,373
#日常
寿命㌫(主) 🔮🖤ᩚ
2,231
カルドは、エスカリオ海軍旗艦デッセゼニーに乗り込むと、王都を後にした。
目指すは、大陸領レグザ。
港がゆっくりと遠ざかっていく。
城壁。
尖塔。
海沿いに並ぶ家々。
もう何度、この景色を見送って戦場へ向かっただろう。
「父上と共に戦えるのは、幸せです」
隣に立つリチャードが、嬉しそうに言った。
聖都奪回軍の英雄。
今では、人々は息子をそう呼ぶ。
かつてカルドは、その息子に言ったことがある。
「英雄なんかにならなくていいんだ」
リチャードは、不思議そうな顔をしていた。
「一人の英雄が生まれるために、どれだけの人間が死ぬと思っている」
あの頃の息子には、その意味がよく分からなかっただろう。
カルドは海の向こうを眺めた。
歳をとった。
そう思う。
若い頃は、戦いが終われば次の戦いを考えていた。
敵を倒し、
国を守り、
勝利を手にする。
それが王の務めだと思っていた。
だが今は違う。
戦いと戦いのあいだ。
家族と食卓を囲み、
くだらない話をして、
朝になればいつものように目を覚ます。
そんな何でもない時間が――
狂おしいほど、愛おしかった。
「よくぞ、来てくださいました」
レグザ領主ヘンリクは、カルドの手を取らんばかりに駆け寄った。
その目には、涙さえ浮かんでいる。
無理もなかった。
ヴァンガルド帝国が崩壊して以来、
その周辺諸国を覆う恐怖は、計り知れないものとなっていた。
東から現れた騎馬軍団。
城を落とし、国を滅ぼし、抵抗する軍を次々と打ち破る。
次は自分たちではないか。
誰もが、そう思っている。
「ボヘミン国王軍も、合流していただけるはずなのですが……」
ヘンリクはそう言って、ロウム教皇の勢力下にある領邦国の名を挙げた。
だがカルドは、あっさりと言った。
「たぶん無理だろうな」
「……は?」
「来ないと思っておけ。その方がいい」
それ以上、この話を続ける気はないらしい。
カルドはすぐに尋ねた。
「敵の数は」
「敵将はバイダル。兵力は、およそ二万と思われます」
「こちらは」
「傭兵、農民兵を合わせれば、三万ほど」
カルドは眉を寄せた。
「数だけの兵か」
そこへリチャードが口を挟んだ。
「ですが父上」
若い王子の顔には、まだ余裕があった。
「我らには、エスカリオが誇る重装騎兵がおります」
そして、誇らしげに続ける。
「砂漠の英雄サラディンですら、我らの敵ではありませなんだ」
カルドは息子を見た。
しばらく黙ってから、静かに言った。
「リチャード」
「はい」
「未知を恐れよ」
リチャードは、ぽかんとした顔をした。
カルドはそれ以上、何も言わなかった。
知っている敵は、恐ろしくない。
強さが分かる。
弱点が分かる。
何をしてくるかも、ある程度は読める。
本当に恐ろしいのは――
まだ何をしてくるのか分からない敵なのだ。
「大きな戦の戦場は、初めてか」
「はい。ですが、お役に立てるよう努めます」
カルドは若者の顔をしばらく見つめたが、それ以上は何も言わなかった。
やがてリチャードは自軍へ戻ると、そばにいたロビンへ声をかけた。
「ロビン」
「はい」
「王と何かございましたか」
「父上は、何をあれほど恐れておるのかとな」
「……モンゴリア軍を、ですか」
「ああ」
リチャードは振り返った。
そこには、エスカリオが誇る重装騎兵の一団が並んでいる。
磨き上げられた甲冑。
陽光を反射する兜。
馬までも鎧で覆い、長槍を携えた騎士たちが整然と隊列を組んでいる。
その姿を見て、ロビンは思わず目を輝かせた。
「ですが、やはり我が軍の騎兵は……」
少し考えてから、言った。
「美しいですね」
リチャードは笑った。
「いや、でも――」
ロビンは憧れを隠そうともせず、騎士たちを見上げた。
「強いですよね」
「ああ」
リチャードもまた、誇らしげにその光景を眺めた。
砂漠を駆けた。
聖都を奪い返した。
数えきれぬ戦場で、敵の陣を踏み砕いてきた。
これほどの騎兵がいる。
ならば、何を恐れる必要があるのか。
若い二人には、まだ分からなかった。
カルドが恐れていたのは――
敵の強さではない。
敵の強さが、まだ分からないことだった。
「頼みは、リチャードの重装騎兵のみか」
カルドは作戦図を食い入るように見つめたまま、深いため息をついた。
「ですが――」
ククルースが何か反論しようとした、その時だった。
「逃げるか」
カルドが、ぽつりと言った。
「……は?」
「ここを捨てて逃げる」
その言葉に、ヘンリクの顔色が変わった。
「そ、それでは大陸北岸の諸国は、次々と降伏を余儀なくされます!」
「分かっておる」
カルドは顔を上げた。
そして、少しだけ笑った。
「冗談だ」
「逃げるくらいなら、最初から来んよ」
いつものカルドだった。
ヘンリクは胸を撫で下ろした。
その横で、リチャードが作戦図を指差す。
「重装騎兵を四列に分け、中央へ配置します」
カルドは黙って聞いていた。
「その後方に父上の重装歩兵。さらにククルース殿の軽装騎兵」
指が左右へ動く。
「両翼にも歩兵を置きます」
リチャードは一通り説明すると、父を見た。
「どう思われます」
カルドはしばらく作戦図を眺めていた。
「よき布陣じゃ」
その言葉に、ククルースはほっとしたように息を吐いた。
リチャードも、わずかに表情を緩める。
だが――。
カルドの目だけは、まだ作戦図から離れていなかった。
(敵の力を見極めるまで……)
中央に置かれた四列の騎兵を見つめる。
(リチャードに持ちこたえてもらえればな)
カルドは、そう思った。
いや。
願った。
コメント
1件
第16話、読み終えたよ〜😭✨ カルドの「狂おしいほど愛おしかった日常」のくだり、じーんときた…戦いの合間の家族との時間がこんなに尊く描かれてて胸がギュッてなったよ。リチャードが誇る重装騎兵に若さゆえの自信を感じる一方、カルドの「未知を恐れよ」の重みがすごい。父の深い経験と息子の成長、両方の目線がしっかり描かれててエモすぎる…!次が気になる〜!🔥