テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
最後の曲は、『トランペットが吹きたい』で、瑠衣もコンクールに向けて練習している曲。
シンプルかつ爽やかな旋律を、師匠がどのように奏でるのか瑠衣は密かに楽しみでもある。
マイクを再度手に取り、曲の紹介をした後、侑は楽器を構えると前奏がホールに響き始めた。
ふくよかなトランペットの音色が会場を包み、朗々と旋律を歌い上げる侑も、楽しそうに演奏している。
今にもベルから音符が溢れ出そうな演奏に、瑠衣は手伝いに来た事も忘れて、うっとりしてしまいそうになる。
(先生……本当にトランペットが大好きなんだなぁ……)
会場の隅で演奏を聴いている瑠衣も、さすがは響野先生だ、と尊敬の眼差しを送り続けた。
最後のビブラートが掛かったロングトーンで曲を締め括った後、楽器を離し、『本日はありがとうございました』と言いながら深々と一礼すると、客席からは割れんばかりの拍手と、黄色い歓声が舞い上がる。
侑が悠然と歩き、舞台袖に下がっても、拍手は鳴り止む事なく会場を包んでいた。
バラバラだった拍手が一体となり、次第に一定のテンポを保った手拍子へと変わる。
アンコールの催促。
それが一分以上続くと、侑は舞台袖からゆったりとした歩調で舞台中央に立つ。
「アンコールありがとうございます。では一曲だけではありますが、この曲を演奏させて頂きます」
侑が楽器を構え、穏やかな海を思わせるようなイントロ部分がピアノから流れ出す。
それを聴いた瞬間、瑠衣の大きな濃茶の瞳が大きく見開かれた。
(……え? この曲…………先生……いつの間に練習してたの…………!?)
優しく語りかけるようなトランペットの旋律に、瑠衣の身体全体が泡立っていくのを感じる。
以前、現代曲は疎い、と侑から聞いていた事もあり、まさか彼のトランペットから、この曲が聴けるなんて思いもしなかった事。
侑がアンコールで演奏し始めたのは、瑠衣が彼に想いを伝えるために、ピアノ講師の音羽奏と密かに練習を進めようと決めた『トランペットラブレター』だった。