コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「ぐふふっ、俺とお針子ちゃんが、ナタリー、君とやってるようなことやっちゃってるって、そんなこと考えて、頭の中は、こんがらがっているでしょ?」
自信たっぷりな笑みを浮かべる、馬鹿者は、ナタリーに、そのまま、口づけた。
「ねぇ、こんなこと、あの子と、してるかもしれないんだよ?」
ふふふっと、笑うと、今度は、チュッと、わざとらしい音を立てて、口づけてきた。
「ちょっと!」
ナタリーは、できるだけ、カイルの体を押し離し、距離を取ろうと試みるが、いかんせん、その力に、勝てない。そして、そもそも、理由なく、彼の膝の上に、乗っかっているのだ。身動きが、余計に取れないでいた。
「そ、そんなこと、私には関係ないじゃないっ!なんなら、ロザリーを、王妃とやらにすればいいじゃないの!!」
もう、素直じゃないんだからと、カイルは、チッと舌打ちしつつ、
「あの子と、どうこうなるのは、由として、そうなると、後ろのフランスが、出てくるでしょうが!」
カイルが、腹立たしそうに言った。
「ど、どうこうなるのは、って?!」
なぜか、ナタリーの心は、掻き乱されている。それは、カイルと、ロザリーが、関係を持ったのかもしれないという、危惧からなのか──、つまり、嫉妬?
沸き起こっている、気持ちが、それだと、気づいた時、ナタリーの前には、漆黒の瞳が、迫って来ていた。
「ロザリーとは、何もない。あってはいけないんだ。あの子は、ガッツリ、自国へ忠誠を誓っているからね。もしも、俺と、何かあったなら、すぐ、フランスに飲み込まれてしまう」
でも……。と、口ごもるカイルの瞳は、揺れていた。
どうせ、自国は、いずれ、フランスに限らず、どこかの大国に飲み込まれる。
「だからさ、少しでも、時間稼ぎに、条件の良さから……お針子ちゃんと、手を組んだ」
「……ロザリーと?」
つまり、それは、カイルの後ろ楯は、フランスということ。
そして、見え透いたクーデターをお越し、傀儡の王に立つ。
その隣には……。
「できれば、ナタリー、君にいて欲しいんだ」
「ちょっと!何故、私が?!それに、カイル、手を組んだって、そんなことしたら、国を自分で差し出したことになるじゃない!」
「まあ、正式には、俺の国、ではない。異母兄が、後を継ぐことになっている。そして、その次は、兄子、子供が……。でも、残念ながら、まだ、本当に子供なんだ。やっと、10歳になったばかりの、女の子。もう、追いこまれているというべきか、自滅への道を進んでいるようなものさ」
「あ、あ、詳細は、なんとなく、わかったけれど、つまり、あなたが、乗っ取る訳で、それは……」
うん、と、カイルは頷くと、信じて欲しいと、ナタリーへ、言った。
父親である、国王は、老齢。摂政やら、結局、補佐役が、切り盛りして、すでに、お飾りの王になっている。
そして、次を継ぐ兄は、身内ながら、王の器など持っておらずで、こちらも、国の行き先など気に留めることなく、自由気ままに、毎日パーティー三昧。
「きっと、君なら、知ってるはずだよ?マーストンスタイル、と、言ったら、わかるよね?」
カイルの言うように、その響きを、ナタリーは、十分過ぎるほど知っていた。
マーストンスタイルとは、男性用の上着の一種で、少し、ウエストが、シェープしているものを示す。
本来は、狩の時のウェアか、はたまた、田舎貴族が着るものとしてしか扱われなかった、ランク落ちする、ブラウン系のウール地で仕立てた上着、いわば、屋外着だったそれを、洗礼されたデザインで仕立て、粋な着こなしで、社交界で大流行させた男がいる。
「そっ、そのマーストン卿が、俺の兄貴」
「うそっ!」
あの、社交界のトレンドハンター、いや、ファッションリーダーとして、一目置かれている、マーストン卿が、カイルの?!
……どうりで。チャラいはずだ。
その兄は、ファッションに、命をかけていると言っていいほど、常に、見映えに気を使い、トップリーダーとして、君臨している。彼が、身につけた物は、即座に大流行するのだ。
見かけだけに、気合いを入れる兄。その、弟なら、こうなるわ……。と、ナタリーは、瞬時に、カイルの全てに納得した。
「あー、言っとくけど、兄貴は、兄貴。それに、異母兄ですから、一緒にしないでくれる?」
カイルは、何か、読み取ったようで、ナタリーへ、言い訳がましくまくし立てた。
と、なると……。
国の行き先を、愁いでしまう、と、いう気持ちもわからなくはないが……。
少し、焦りすぎではなかろうか?
カイルの考え、計画の全貌を知った訳ではないけれど、どこか、ゆとりの無さを、ナタリーは、感じ取っていた。
「まあ、色々と思いはありますでしょうが、マダム、カプチーノでも……」
と、スフレの後に、カプチーノを、執事が勧めてくれる。
ん?
感じる違和感に、ナタリーが、背後で、ポットを持っているであろう、執事の姿を確かめると……。
「カイゼル髭!!!」
いかにも。と、つけ髭姿の執事が返事をした。
「いや、ちょっと、これ、どうゆうこと!!」
ああ、カプチーノは……と、つけ髭執事は、申し訳なさそうに、ナタリーへ頭を下げているが、つまり、カイゼル髭の男は、カイルの手の者だったと。
カイゼル髭の男が、ナタリーへ、嘘だか芝居だかの依頼をしてきた。
ナタリーは、真に受けて、代理の妃役として、小国へ、出向く。
そして、皇太子であり、夫、の振りをするカイルと、出会う。
しかし、この、皇太子は、偽物で、依頼も、嘘っぱち。
それから、カイルに付きまとわれ、カイゼル髭のせいだとかなんとか、言いくるめられ、ついでに、命を狙われているなどと、告げられて、うっかり、本気にしてしまったら、その、当の本人に、あれこれ、手をくだされ、死に物狂いの逃避行。
と、いうことは──。
つまり──。
ナタリーは、とっさに、カイルの頬をめがけて、平手打ちを食らわしていた。
近距離での、ビンタは、ピシャリと、小気味良い音を立て、そして、受けた男は、あまりのことに、驚きを隠せない。
目を丸くして、あーーー!と、叫ぶと、頬に手をやった。
当然のことながら、ナタリーに、回されていた腕は、外され、ナタリーは、自由になれたのだが、自然、バランスを崩してしまう。
カイルは、痛みから、仰け反り、ナタリーも、支えるものがなくなり、仰け反って、互いの距離は、離れたが、ナタリーは、そのまま、カイルの膝から、転がり落ちてしまった。
痛ったあーーーー!!!
男と、女の叫びが、同時に響き、なぜか、カイゼル髭だか、執事だか、わからない男は、大笑いしていた。
床へ落ちた、ナタリーは、打ち付けた腰をかばいながら、言い放った。
「やってくれたわね。カイル。依頼もなにも、この話自体無かったことにして。もちろん、あなた方の事は、誰にも言いません」
「なっ!!やってくれたのは、君、だろっ!!何、何だって、俺の頬をっっ!!!」
「あんた、ビンタの一つや、二つ、受けたことないのっ!!」
「ああ!!こんなこと、初めてだよっ!!!」
「あー、マダム、こちら、王位継承権三位をお持ちの、坊っちゃまですから」
と、不毛な争いを止める為か、相変わらず大笑いしながら、執事だかなんだかの、カイゼル髭男が、割って入って来た。
「あー、そうでした。お坊ちゃまだものね。でも、これで、一つ、社会経験できたでしょ?」
ホホホと、ナタリーは、作り笑うが、ずきずき、腰が痛んでしょうがない。打ち所が、悪るかったのか?たかだか、椅子から、というべきか、膝の上から、なのだけど、転がり落ちた程度で、ここまで傷むとは。立ち上がれるのだろうかと、心配している側から、カイルが、立ち上がった。
来るか?!
文句たらたら、ついでに、テーブルクロスぐらい、引っ張ることだろう。
と、ナタリーが、大惨事を覚悟したところ、カイルは、黙って、部屋から出ていった。
「ちょっと!」
去っていく男に、声をかけるが、いつもの、ハニーとやら、調子の良さは見られず仕舞いだった。
「……なんなの、やっぱり、やってくれるじゃない……」
さて、交渉決裂ですので、これにて。と、カイゼル髭の執事が、頭を下げた。
「ええ、そうね。申し訳ないけれど、執事の、あなたにお願いするわ。帰りの足を用意して!だって、そうでしょう!!こちらの、意向も何も聞きもせずに、人攫いよろしく連れて来て、依頼だ、交渉だと、何事ですか!」
怒り、沸騰のナタリーへ、執事は、言った。
「何もお知りになりたくないと?結局、何にまきこまれたのか、知りたくないと?」
「あたりまえでしょ。私は何も引き受けていない!だから、今までのことは、何も無かったことになる!よって、知るも知らないも、そんなこと!私にとっては、はなから無い話なのよっ!」
怒りのあまり、ナタリーは、自分でも、なんだか、おかしい、支離滅裂と、感じつつも、思いの丈をぶちまけた。
聞かなくとも、おおよそわかっていた。
とどのつまり、ナタリーは、色々されて、使えるか、使えないか、試されていたのだ。ロザリーとの関係は、定かではないが、まあ、そこは、お針子と信じていた 娘《こ》が、国家組織に属する者であったと、わかったのだから、それで、由としよう。
とりあえず、吐き出すだけ、吐き出して、ふうと、息をついたナタリーを、執事が、くすりと笑ったような気がしたが、それも、もはや、どうでもよかった。
そんな、失望に近い、がっかり感を、吹き飛ばす勢いの、拍手が、鳴り響いた。
(はっ?!今度は、何?!)
考える暇もなく、もう一人、男が、現れた。
「いや、いや、さすが、傾国のナタリーだ!」
その声の主に、ナタリーは、はっとする。
「やだ!!嘘!!もしかして、新作?!」
「ははは!お目が高い!!」
上機嫌の紳士が、床に転がるナタリーへ、手をさしのべて来る。
その、袖口には、まるで、軍服かのように、小型の丸ボタンが、ずらりと縫い付けられていた。
「……こうすると、手元が、以外とスッキリと見えて、手も長く見える効果がある」
「ですわね!その、スタイル、きっと、また、社交界で旋風を巻き起こしますわよ!マーストン卿?」