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雅人は嫌味ったらしい優奈の言葉には特に反応せず「そんなことよりも」と、何やらため息交じりに切なそうな声を出す。
何が”そんなこと”だ。優奈にとって才能溢れる雅人はいつも憧れで誇りで、大好きで……それでいて悩みの種だったのに。
「優奈……お前どうして敬語なんだ?」
「だって目上の人ですし」
「俺とお前で目上も何もあるか。いつもまーくんて呼んでくれてただろ、いや、優奈もいい歳になったんだから仕方ないのか……それにしても」
優奈は頭を抱えながら項垂れる雅人を横目にコートを羽織った。
いくら春先といえどまだ冷えるから。
「じゃあ帰ります。お詫びはまた後日……でも構いませんか」
「だから……詫びだとかそんなものはいらない。かわりに連絡先を教えておいてくれ」
「え……」
瞬間的に嫌だとも思ったが、それもそうだ。
連絡先も知らずどうやってお金を返すのだ。明らかに大きな借りだけ残して逃げるのは、自分自身許せないし納得できない。
だからといって今の優奈の財力で全てを返せるわけでもない。
優奈は渋々頷いてスマホを取り出した。
メッセージアプリのIDを交換すると、優奈のスマホの画面には”高遠雅人”の文字が、シンプルな初期アイコンと共に表示されている。
反射的に固く唇を結んだ。
だって、その無頓着さが昔と変わらず雅人らしくて、何だか泣きたい気持ちになったから。
「じゃあ行こうか」
「え? どこにですか?」
このまま帰る流れで話が進んでいるのかと思いきや。
「どこにって、帰るんだろう? 心配だからこのままここに置いておきたいけど……優奈は言い出したら聞かないからな」
まるで優奈が妙なことでも口走っているかのように、雅人は目を丸くして言った。
こんなにも早く離れたいと態度に表しているというのに、気がついていないのだろうか? それとも気がついていて敢えての態度なのだろうか。
雅人の相変わらずの優しさに正直、戸惑ってしまう。
(自分に好き好き言い続けてた女だって忘れてんのかな……)
可能性ならある。
多忙な人だ、数年前の出来事など優奈のつまらない毎日と比べたなら色あせる速度も早いのかもしれない。
「……一人で帰れます」
何にせよ、もうこれ以上関わっていたくない。優奈はその一心で雅人に背を向けた。
「優奈」
しかし。
突然、聞き慣れない低い声で名前を呼ばれたかと思えば、背後から肩に添えられた手。優しく柔く触れているようでいて、その実とても力強い。
優奈の耳元に熱い吐息を吹きかけながら、絞り出すような声で雅人は言った。
「心配なんだよ。優奈相手に力尽くで言うことを聞かせるなんて、そんな真似を俺にさせないでくれ」
弱々しい声のようで、しかしそれは言い方を変えれば”手荒な真似はさせるな”と有無を言わさないものだ。
「……大袈裟な」
「大学の頃も、そうだな最近も。お前に男がいたのはおばさんに聞いて知ってたし、幸せにやってるなら手が届かないところにいても仕方がないと思ってた。でもそうじゃなかったなら、許さない」
許さないとは、何を。
「何で、男がいたって過去形なんですか」
「あんな状態のお前を一人にしていたなら、いてもいなくても俺の中では存在しないも同一だからだ」
怒気を含んだ声でキッパリと言い放って、優奈の身体に触れる手に力が込められる。