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(やめてよ……なんなの)
振られても、受け入れられなくても。いつもこうして特別扱いされてきて。優奈は何年もの間雅人への恋を諦められなかった。
恋心に支配され続けた十数年。
「……わかった、から……離して」
戸惑う声が届いたのだろう。雅人の手が離れていく。触れられた部分が嫌になる程熱いことを認めたくない。
「あ、ああ。悪かった。じゃあ、行こうか優奈」
当たり前のように差し出された手。
反射的にその手にしがみつきそうになって、けれども咄嗟のところで思い留まる。
「……もう子供じゃないんだから、繋がないよ」
「寂しいな」
「あのさ、私のことどう記憶してるか知らないけど振った女に思わせぶりなことしない方がいいよ。誰にでもそうしてるならそのうち刺されても知らないから」
偉そうに言いつつ、どこが玄関かわからない優奈が寝室を出てすぐに立ち止まっていると、雅人が前を歩き出した。
その後ろを付いて歩きながら壁に掛かるよくわからない立派な絵画や、長い廊下。つい見渡してしまう。
優奈の住んでいるアパートなんて先程までいた彼の寝室の、そのたったひとつにも敵わない。
「俺は、優奈になら刺されても構わないぞ」
「……そうですか」
「昔の優奈も可愛かったけど、今も今で可愛いな」
「はあ……」
(もうやめ、喋らない)
声を聞くたび、ならどうして、と。問い詰めたくなるから。
優奈は口を固く結んで、雅人の後を歩く。
寝室を出て右手には無造作に開かれたままのドア。広がるリビングはまるでモデルルームみたいだ。
大きなテレビ台の上には間接照明の優しい光。天井にはシンプルなシーリングファンライト。大きな革のカウチソファが見えるが、あれを置いても尚広さを感じる広さ。
余計なものは一切見えてこず、生活感がないのか誰かが綺麗に整えているのか。
(女の人かな、それかハウスキーパー的な?)
どちらにしても、雅人自身は整理整頓にもそれ以前に物にも無頓着だから。彼以外の手が加わっているのは間違いない。
昔ならその事実にもっと胸が痛んだかもしれないけれど、もう雅人だけに入れ込んでる自分ではないから。
優奈は自分に言い聞かせながら、恐らく一番最奥にあるんだろうリビングから目を逸らし、真っ直ぐ伸びる廊下を歩く。
艶のある白のタイルが続いて、その先にフラットな玄関。縦に長く、境目がよくわからない。立ち尽くしていると、雅人が跪くような形で優奈の足下にしゃがみ込んでいる。
その手には見覚えのあるノーブランドのパンプス。
この場にそぐわないソレは、もちろん優奈のものだ。
あろうことか靴を履かせようとしているようで。
優奈は慌てて「自分で履けます!」と、盛大に遠慮したのだった。
(油断してると幼女のままなんだわ、あの人の中の私って、気をつけないと)
気を引き締めようとするも、エレベーターなど共用部分には靴で踏むことに抵抗を感じる綺麗なカーペットが引かれているし、エントランスはだだっ広く余白まみれ。
中央にはライトアップされた大きな木々のアート。引き締まるというか、これは正直気が引けると表現した方が正しい気がする。
(はい、別世界)
誰が”まーくん”なんて呼べようか。
こんなマンションに優奈は縁がない。ゼロひとつ少ない家賃で今のアパートに住んでいるんだろう。考えれば考えるほどに再会に胸が痛くなる。