薄暗い廊下に出ると、二階に続く階段を挟んで四つあるドアの、どれが洗面とトイレでどれがキッチンなのだろうと迷った
ただ立って考えていてもしかたがないと思って、 私は一番近いドアを開けてみた
細長い窓からの光で、 汚れた緑のカーテンに囲まれた、乱れたままのダブルベッドが見えた。ここは寝室だ、くしゃくしゃになったシーツはつい先ほど誰かが寝ていた痕跡を残していた
そして・・・・そこに私が目にしたものは――
部屋には誰もいなかったにもかかわらず、ここにはハッキリ美鈴が服を脱いでそこにいた・・・という気配を私に抱かせたのだ、 ベッドの横のハンガーには見慣れた美鈴の服が何着もかかっていた
そしてその一瞬の視線は次のもの―――
椅子の背に無造作にかけてある徹の青いワイシャツと、私がハワイに新婚旅行に行った時、徹のために買ってあげたユーカリの葉が彫刻された銀のライターを見逃さなかった
胸がひどく苦しく、鼓動し、私は思わずドアの取っ手につかまって身を支えた
真向かいの壁に立てかけてある、姿鏡に映っている自分の怯えた様な青白い顔に気づいて、私は急いでドアを閉めた
ドキン・・・ドキン・・・・
嘘でしょ・・・・
美鈴の母が部屋から出てきて、私がここにいるのを見られたら大変だと思った
娘の居所を私に教えられない理由は、今やあまりにも明らかだった。
しかし私はその瞬間にただちに一切の事情を見破ったわけではなく、その時はただ、徹と美鈴がその部屋に一緒に泊っていたと言う事実が分かっただけだった。
流産などというのはデタラメだと言う事を私が知ったのは本当にずっと後になってからで 、もちろん、妊娠もウソだった・・・
何か月も父と一緒に出張に出かけるのが嫌だった美鈴が、父の留守中に徹と過ごすために一芝居打ったのだった
それまで、変だと思いながらもその違和感に気付かなかった、無数の小さな出来事の意味を、私はハッキリと知るに至った