テラーノベル
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窓から朝日が直当たりする。瞼の奥まで突き刺すような光に、少女は顔をしかめた。
「……ぅ、……」
小さく呻いて布団を頭まで引き寄せる。しかし、太陽の輝きは容赦なく隙間から入り込んでくる。
もぞ、もぞもぞ、、、もぞ、、
起きないといけない!でも寝たい!そんな気持ちで布団の中で暴れる。
「うぅぅ……」
ゴロロ…ゴロ…
布団の中でごろごろと身を捩じらせた末に、彼女は大きく息を吐いた。
「……はぁぁぁ……」
そして勢いよく布団を蹴飛ばす。ドサッという音を背に、彼女は上体を起こした。まだ幼さの残る顔立ちに影はなく、表情も変わらない。ただ淡々と、いつものように身支度を始める。
顔を洗い、服を整え、鏡を見て姿を確認する。そこには無表情を極めた少女が一人。誰が見ても子供にしか見えないが、その瞳の奥は年齢を凌駕した冷ややかさを宿していた。
食堂へ向かうと、宿の女主人がにこやかに迎える。
「おはようございます」
「おはよう。今日も清掃かい?」
「はい」
「大変だねえ。無理しないでね」
「……ありがとうございます」
料理人の旦那が作る朝食は格別だ。口にするたび、少女は心のどこかで思う。この味は埋もれていいものではない、と。やがて人々がこの街に戻ってきたら、皆に食べてほしい。その未来を胸に、ご飯を最後まで食べきる。
「ごちそうさまでした」
宿を出ると、通りの人々が声をかけてくる。
「お嬢さん、頑張ってね」
「いってらっしゃい」
「元気だねえ」
「いってきます」
彼女は無表情のまま、しかし確かに言葉を返す。その歩みは迷いがなかった。
___
北東地区の住宅街。そこはすでに人の気配が途絶えて久しい。全てが空き家で、崩れかけ、草木に呑まれつつあった。人々は広場付近に固まって暮らしており、この地を元に戻せると信じる者は誰一人いない。
『そんなことできるはずがない』
『子供の戯言だ』
『変わった子だね』
『早くこの地から出た方がいいよ』
そうした声は、耳に入ってこないわけではない。けれど少女は歩みを止めなかった。
(……諦めないでほしい。せめて、私が背中を見せるまでは)
清掃を始めて三日。少女は五十を超える家屋を調べ、扉や窓を開け、内部を確認していた。確かに空き家である家は何年も使われて居らず扉を開けるのも困ったものだ。軽く触れただけで壊れるものや錆びて動かないものがほとんどであり壊滅的だった。窓もガラスが割れているものや割れてしまい窓ガラスが無いものもあった。
危険なものがないか、残骸がどう残っているか。地図を描き、立ち入り禁止の結界を張り、外部から誰も入れぬように整える。徹底して無駄のない作業だった。
「よし、、」
呼びかけでは心配なので一応、結界を張ることができる魔道具を設置する。この魔道具は魔力石を込めた分だけ結界を発動する。念の為、多くの魔力石を使う。途中で魔力切れで結界が消えては困る。
結界は鏡のようになっており天気や周りの景色を映し出しているので変に怪しまれる心配はない。なので、今からやることを誰にも知られず見られずに行える。
結界の要に選んだのは地区中央の一軒家。その中に入り、少女は鞄から水連の花を一輪取り出した。掌に乗せ、静かに呟く。
「……朝日照らし幻炎よ、咲き誇れ――泰山木」
ぼぉぉぉぉぉ
花弁は紅く燃え、床に置かれた瞬間、大地が震えた。ごうん、と音を立てて巨木が家中に伸び、葉が生い茂り、花が開く。少女はその樹に手をかざし、一言。 「……去れ」
ふわ、と紅い花弁が風のように舞い散り、扉や窓へと流れ込んでいく。この家も同様に埃と煤に覆われた空間を撫でるように舞い、汚れを浄化し、澄んだ空気へと変えていく。かつて黒く沈んでいた空間が、光を取り戻す瞬間だった。
泰山木――それは彼女が操る不思議な花の一つ。彼女自身は魔力を持たない。ただ、花と共鳴し、その力を借りているに過ぎない。花なき場所では、何もできない。だからこそ、誰にも明かしてはいない。秘密にすべき弱点だった。
「……次は、白木蓮」
鞄から水連の花を5つ取り出し、
「朝日照らし幻炎よ、咲き誇れ――白木蓮」
今度は息を吹きかける。
手に乗せた花がその風で舞うように落ちていく。
落ちた瞬間5つの花は震えるように木々に包まれていく。
それぞれ木が生えそこから頭、体、足、手へと形を変え人型へとなっていった。頭には白木蓮の花が咲いており、花が開いている間だけ動くことができる。見た目は木が人の形になっただけで目や口もないので傍から見れば不気味だ。五体の白木蓮は無言で跪き、主の命を待つ。私はこの家にあったテーブルを
ググ…グッ…
外に移動させて、、、
重そうに運ぶ私の姿を見て白木蓮が心配そうにしている気がする…
表情かないはずなのだが…
少女は地図を広げ、淡々と指示を出す。
「命令を下す。この地点を建て直す。木材は運搬、残りは組み立て。私は瓦礫を処理する」
白木蓮はすぐに動き出した。
カンカン…トントン…
ギィーン…ガザガザ…
木槌の音が鳴り、木を切る音が響く。少女は瓦礫を細かく砕き、まとめて空き地へ運ぶ。資材の再利用まで考えているのは、彼女の効率を重んじる頭脳あってこそだ。
「はぁ、はぁ、、」
そして、私の疲れた息を吐く声が聞こえる。
___
日は傾き、カラスの声が遠くから響く。少女は汗に濡れた額を拭った。
「……今日はここまで」
白木蓮の花が蕾に戻ると、彼らの動きも止まる。結界を補強し、明日も安全に作業できるよう魔力石を追加で仕込んだ。片付けを終え宿に戻った頃には、空は群青に沈んでいた。
机に向かい、今日の成果を紙にまとめる。予定以上の進捗。正直、一週間もあれば片がつきそうだった。だが、力を増やすことはできない。花の数にも、自身の体力にも限界がある。無理をすれば倒れるのは自分だ。
「……私も、まだまだだな」
手を止めたとき、耳の奥で懐かしい声が蘇る。
『いい? 絶対に無理はしないこと。あなたは頑張り屋さんだけど、すぐ無茶をするんだから』
かつての記憶。叱られながらも、最後には頭を撫でてくれたあの温もり。それが嬉しくて、また無理を重ねてしまった。今も変わらない。だからこそ、あの人に誓った。約束は必ず果たす、と。
少女は机に突っ伏し、一呼吸をした。布団の方へふらっと向かいそのまま眠りに落ちた。深く、静かに。
翌朝、また窓から朝日が射すだろう。そのとき彼女はきっと同じように布団に潜り込み、やがて起き上がる。そして今日もまた、花を咲かせ街を蘇らせていくのだ――。
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