「まあ、これで大丈夫そうだな。ガマガエルが短足なせいで余計な時間がかかっちまった」
「う……それ、もう言わないでくださいよ。結構気にしてるんですから。私、これでも一応乙女なんですよ? もっと気を違ってください!」
「お前、何言ってんだ? ガマガエルは両生類だろ。乙女のガマガエルなんか存在するわけがねえ」
「はあ!? 私のこと本当にガマガエルだと思ってるんですか!? だったらさすがに怒りますよ!」
「思ってるが、それがどうかしたか?」
「なんだとー! このクソ黒宮!」
「お。やっとクソ黒宮に戻ったか。ずっと言ってんだろ。俺には『さん』付けするなって」
まただ。どうして以前から黒宮さんはどうして頑なに『さん』付けをさせようとしないのだろう。不思議なんだ、それが。
「さっきはちょっとカッとなったからつい言っちゃっただけです。呼び続けますよ、黒宮さんって」
学校もひとつの『社会』だ。だからもちろん上下関係だってある。いや、それももちろんあるけど、単純に、私はこの人を『黒宮さん』と呼びたい。この人は年上だ。そう呼ぶのが普通だろう。
でも何故かそれを拒否しようとしてくるんだ、黒宮さんは。
何か特別な理由でもあるのだろうか。
「どうしたガマガエル。黙っちまって」
「……いえ、なんでもないです」
本当は訊きたかった。呼び方について何故そこまで気にするのか。自分を卑下するのか。
でも、訊けなかった。
もしも黒宮さんに特別な理由があったとしたら。それを知ってしまったら。私と黒宮さんの関係の形が変わってしまう気がしたから。
それが嫌だったし、怖かった。
「あの、黒宮さん?」
「また元に戻ったか。……まあいい。どうした? 神妙な顔をしやがって」
「黒宮さんって頭いいんですよね?」
「はあ? んなこと俺は一言も言ってないぞ? 別に頭がいいわけじゃねえ。勘違いするな」
「でも特待生として大学に入ろうとしてるんですよね? それって成績が良いってことじゃないですか」
黒宮さんは黙ってしまった。きっと言い返す言葉がないんだろう。何かしら誤魔化そうとしても、嘘をついたとしても、その言葉には必ず何かしらの綻びが出る。そういうものだ。それをこの人も理解しているんだ。
だから私はお願いした。
黒宮仁という人間をもっと理解するために。
「黒宮さん! 私に勉強を教えてください!」
『第10話 私は知りたい【1】』
終わり






