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翌朝、紫野は身支度をした後、昨夜国雄から贈られたかんざしを手に取り、物思いに耽っていた。
(こんな高価なものを、本当に私がもらってもいいのかしら?)
朝になり冷静になった紫野は、使用人の身でこんな高価な品を受け取っていいのかと悩んでいた。
迷った末、紫野はかんざしを割烹着のポケットに入れ、一階の台所へと向かった。
他の使用人たちに挨拶を済ませると、紫野はさっそく朝食の準備に取り掛かった。
朝食の支度が整った頃、ウメが紫野に言った。
「紫野様、国雄様に朝食の準備が整いましたとお伝えしてきてください」
「承知しました」
紫野は階段を上がり二階へ向かう。
国雄の部屋の前まで行くと、一度深呼吸をしてからドアをノックした。
ドアはすぐに開き、ワイシャツを羽織った国雄が現れた。着替えの最中だったのだろう。大きくはだけたワイシャツの胸元から男らしい胸板が見えていたので、思わず紫野の目が釘付けになる。
「おはよう! 朝食の準備ができたのかな?」
「お、おはようございます。はい、支度が整いました」
「わかった。着替えたらすぐに行きます」
「はい。それと……」
「ん? どうした?」
「あ、あの……こんな高価なお土産、やっぱり私、受け取れません」
そう言うと、紫野は割烹着のポケットからかんざしを取り出し、国雄に差し出した。
彼は一瞬驚いていたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべ、かんざしを手に取って紫野の髪に挿した。
「あ……」
驚いた紫野は、思わず声を上げた。
「高価な物ほど、毎日使った方がいいよ。タンスの肥やしにするにはもったいないからね」
国雄はそう言って微笑むと、紫野をじっと見つめる。
そこまで言われると返すのも悪いような気がして、紫野は恐縮しつつありがたく受け取ることにした。
「ありがとうございます」
「ん、よく似合ってる。じゃあ、着替えるから閉めるね」
国雄は笑顔のまま扉を閉めた。
廊下に一人残された紫野は、しばらくその場でぽつんと佇んでいた。しかし、ふと我に返ると、足早に階段の方へ戻っていった。
その頃、大瀬崎の屋敷では、現当主の源太、妻の和子、そして娘の蘭子が朝食をとっていた。
「お母様! 紫野がどこへ行ったのか、まだ分からないのですか?」
「千代の家にいたのは確かみたいなのよ。でも、その後の行方がさっぱり分からなくて……一体どこへ行ったのかしら?」
「まったくだ。あの子が他に行く場所なんて、ないんだろう?」
源太も首をひねっていた。
「千代に聞いても分からないの?」
「千代は知らないって言ってるらしいわ」
「それは妙だな。千代は、紫野のことなら何でも知っていそうなものなのに」
「知ってて隠しているのかもしれないわ」
蘭子は不機嫌な様子で、音を立てて箸を置いた。
「これ、蘭子! そんな振る舞いはやめなさい! はしたないわよ!」
「だって! この前、女学校時代の友人が紫野を喫茶店で見たって言ってたのよ!」
「喫茶店って……あの駅の近くの?」
「そう! しかも国雄様と一緒だったらしいわ」
「まあ、 国雄様と? なぜ、紫野があのお方と?」
「知らないわ! 二人きりでコーヒーを飲んで、とても良い雰囲気だったと言ってたわ!」
「なんてこと! 国雄様には、あなたとの見合いを申し込んでいたというのに……どうしてよりによって未亡人の紫野と?」
「だから、その理由を知りたくて紫野を探しているの!」
「そういうことだったのね。分かったわ。 私も知り合いに聞いてみるわ。それにしてもあの子、一体何を考えているのかしらねぇ」
「お母様もやはりそう思うでしょう? 何か企んでいそうで嫌だわ。もしかしたら、私の結婚の邪魔をしようとしているのかも! ねぇ、お母様、国雄様とのお見合いの話はその後どうなっているの?」
「そ、それは……まだあちらのお母様がうんと仰ってくださらないのよ。でも、今度またお茶会でお会いする予定だから、その時に再度お願いしてみるわ」
「絶対よ! 私、国雄様とじゃなきゃ、お見合いなんてしないから!」
「ははは、蘭子には困ったものだ。お前の華やかさと美貌なら、金持ちの男など引く手あまたなのに、どうして村上家のご子息じゃないと嫌なんだ?」
「当たり前じゃない! 国雄様と比べたら、他の男たちなんてみんな霞んでしまうもの」
「ははは、我儘な娘には困ったものだ。和子! 今度、村上家のご夫人とお会いした時に、しっかり頼んでくるんだぞ」
「分かってるわ、あなた。このままだと、蘭子は適齢期を逃してしまいますものね」
「売れ残りなんて噂になったら、それこそ良い縁も見つからなくなるからな」
「私の伴侶は、国雄様以外は絶対に嫌よ! そうじゃないなら、私は一生独身でいるわ」
「ははっ、困った娘だ」
「本当に……」
和子は困ったような笑顔を浮かべた。
(当たり前じゃない! 私のように気高く美しい女には、国雄様のような完璧な伴侶じゃないと似合わないんだから!)
蘭子はそう心の中で呟くと、唇の端を歪め、にやりと笑った。
コメント
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朝から紫野ちゃんの奥ゆかしさと国雄様の強引だけど優しさに癒されましたぁ❤️本当にお二人お似合いです❤️それに引き換え蘭子さんの図々しさ😰自分だけが華やかで美しいと思い込んでいる怖い偽お嬢さん😱貴方にも貴方の両親にも思いやりのかけらも感じませんね きっと一生独身でしょうね
ほんとに困った人だよ‥蘭子😮💨国雄さんには紫野ちゃんという心に決めた人が居るからね🤭 紫野ちゃん💕かんざしは高価だからちゃんと毎日着けないとね(❁´ ˘`)♡国雄さんの愛情がこもったプレゼントだからね💗
村上家の皆さんは紫野ちゃんのことを買っているし、蘭子の噂も知っているからお見合いは無理ですね〜🤭 それにニヤリと笑うお嬢様なんてお呼びじゃないよ🙅🙅♂️ 国雄さんが紫野ちゃんにあげたかんざしも上手く伝えて刺しちゃう策が粋だわ✨ 本当にお似合いな2人💘 蘭子一家は邪魔邪魔💢 独身貫いてくださーい🤭