テラーノベル
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国雄が出かけた後、紫野は彼の自室の掃除をしていた。
ベッドの上の布団は綺麗に整えられ、机の上や本棚も綺麗に整理されている。
(几帳面な方なのね)
紫野は、昔、父が着ていたものを散らかしたままにし、母に叱られていたことを思い出してクスッと笑った。
床の掃除を終え拭き掃除を始めると、机の隅に置かれてある小さな地球儀が目についた。
紫野は、指先でそれをくるりと回す。
(アメリカ……彼はあの頃、一人でこの遠い国に行っていたのね……)
そんなことを思っていると、背後から声が響いた。
「アメリカに興味があるの?」
紫野は驚いてピクッとし、慌てて振り返る。そこには、先ほど出かけたはずの国雄が笑みを浮かべて立っていた。
「国雄様!」
「ちょっと忘れ物をしてね……お、これだ!」
国雄は机の右側に置いてある書類を手に取り、紫野の頭を軽くポンと撫でた。
「綺麗に掃除をしてくれてありがとう! じゃあ、行ってくるよ!」
「い、行ってらっしゃいませ!」
紫野は慌てて深くお辞儀をすると、国雄は軽く手を振ると、颯爽と部屋を後にした。
(あー、びっくりした……紫野! サボらないで、きちんとしなさい!)
紫野は自分に喝を入れると、それから掃除に集中した。
午後になると、紫野は庭の掃除に取りかかる。
初めてこの屋敷へ来た日、この西洋風の庭を見て一度ゆっくり回ってみたいと思っていた紫野は、庭の掃除を命じられて嬉しかった。
(まぁ、秋咲きのバラが見事だこと……)
美しいバラに気分を良くした紫野は、落ちた枯葉をかき集め、あちらこちらに生えている雑草を丁寧に抜いていく。
庭の中ほどまで行った時、小さな池のそばで幼い少女の声が聞こえた。
「蛙さんは、もういないのかなぁ?」
淋しそうにつぶやく少女の元へ、紫野はそっと歩みを進めた。
するとそこには、赤い別珍のワンピースを着た4~5歳くらいの少女が池のほとりにしゃがみ込み、一心に水の中を覗いている。少女の髪には、ワンピ―スと同じ生地の赤いリボンがついていた。
(まあ! なんて可愛らしいの!)
紫野は微笑みながら、少女に近付いて言った。
「蛙さんは冬眠する準備をしているのかもしれませんね」
声に気付いた少女は、振り返り不思議そうな表情で紫野を見つめた。
「とうみん?」
「はい。寒い冬になると、蛙さんは土の中や落ち葉の下で眠るんです」
「それは、死んじゃうってこと?」
「いいえ、春までねんねしてるだけですよ」
「ねんね? そうなの?」
「ええ。暖かい春になったら目を覚まして出てくるわ」
「じゃあ、春まで待てば、また会えるのね!」
「ええ。春には、おたまじゃくしも見られるかもしれませんね」
「おたまじゃくし、あたし知ってる! わぁ、楽しみ! 早く、春が来ないかなぁ!」
少女は笑顔で立ち上がると、嬉しそうにくるくると回り始めた。
そして、紫野に向かってニコニコしながら言う。
「お姉さんは、ここの人?」
「ええ、ここで働かせていただいています」
「そうなんだ! あたしは愛子(あいこ)よ! お姉さんのお名前は?」
「紫野と申します」
「紫野ちゃん? 素敵なお名前ね!」
きっと母親の口癖を真似たのだろう。少女がませた口調でそう言ったので、紫野は思わずクスッと笑った。
その時、屋敷の方から声が響いた。
「愛子~! 愛子~! どこにいるの~?」
「お母様、ここよ~!」
「また、池の近くへ行って! 一人で池に近付いては駄目だと言ったでしょう!」
「一人じゃないもん、紫野ちゃんと一緒だもん!」
そこで、愛子の母親が紫野の存在に気付き、娘のそばへ近付いてきた。
「あなたが、紫野さんね!」
「はい。初めまして、こちらでお世話になっている、大瀬崎紫野と申します」
「私はこの子の母で、国雄の妹の加藤美代子(みよこ)と申します! わぁ~、お会いできて嬉しいわ~!」
そう言って、美代子は紫野の手を握り、上下に大きくブンブンと振った。
「あ、手が汚れてしまいますよ……」
紫野が泥にまみれた手を引っ込めようとすると、美代子は笑顔で気にする様子もなく言った。
「私、今はこんな清楚なワンピースを着ているけど、子供の頃はお転婆だったの! だから、全然気にならないわ!」
「そう……でございますか?」
その時、今度は国雄の母・美津の声が響いた。
「美代子~! 紫野さんを連れてきてちょうだい!」
「はーい、お母様、今行きまーす!」
美代子は笑顔で返事をし、再び紫野の手を握ってこう言った。
「さ、紫野さんも行きましょう!」
「え? 私もですか?」
「もちろん! これから、女三人でお買い物に行くのよ!」
その言葉に、すかさず娘の愛子が反応する。
「お母様、愛子は?」
「あら、そうだったわね。 愛子も一緒だから、女四人ね! ふふっ、さあ行きましょう!」
「えっ……」
紫野が戸惑っていると、美代子はもう片方の手で娘の愛子の手を取る。
そして、二人の手をしっかり握りながら、笑顔で屋敷へ向かって歩き始めた。
コメント
21件
国雄様も自然に優しく紫野ちゃんに話かけてくるし出掛ける挨拶もまるで新婚の様❤️そして美代子さんも愛子ちゃんも優しい方々❤️紫野ちゃんのお部屋は美代子さんのお部屋だったのかな?それに愛子ちゃんとかえるの冬眠の話をするのもオタマジャクシ繋がりで縁がどんどん大きくなっていく感じで温かくて穏やかな気持ちになってきます この後の買い物も楽しみ❤️後は嫌な人と出会わないで楽しい買い物になりますように祈ってます
愛子ちゃんと紫野ちゃんの蛙🐸のやりとり、なんとも素敵でほっこりしました✨😊心優しい紫野ちゃん素敵女子です🥺これから妹さんや愛子ちゃんが心強い味方になってくれそうですね🤗 女子4人のお買い物楽しみ🙌お邪魔虫が現れそうな予感…🙀
紫野ちゃん,国雄さんの妹さん良い人で良かった。愛子ちゃんも心強い姪っ子ちゃんで良かった