「ええ、そうなんですよー!色んな、おじちゃん達が、寄ってたかって、悪さして、タマなんか、死にかけたんですよー!なので、皆で、おいといて、したんです」
「あー、おいとま、だね?タマや」
あれ?と、首をかしげながら、タマは、守孝に言われるまま、お手、などを行っている。
「長良《ながら》、紗奈《さな》よ、このチビ助の言ったこと、本当なのかい?」
「あー!チビ助は、嘘はいってないですよー、ちょっと、間違ったけど」
タマは、守孝の膝頭に、スリスリと、頭をすりつけ、甘えていた。
「……タマったら、口が軽いんだから」
「そもそも、紗奈、お前の言う通り、歩いて向かえばよかったのだ、御屋敷を出た時は、まだ、日が高かったのに、近道したら、宵時とは、どうゆうことやら……」
相変わらずの、タマの変わり身の早さに、常春も紗奈も呆れたが、あっ!と、声を立てると、二人して顔を見合わせる。
タマのせいで、おおよその事が、守孝に、バレてしまった──。
誤魔化すに誤魔化せない状況に、陥り、兄妹《きょうだい》は、顔を歪める。
「うーん、かなりの事が、兄上の所であったのだねぇ。二人が、おいとま、なんて、事を行うぐらいだ。で、すまないが、この、小さいのを、私から、離してくれないかい?こうすり寄られては、衣に毛が移る」
守孝は、何故か、おもむろに、タマを邪険にした。
「なんというか、犬を含め、獣《けもの》は、どうも、苦手なのだよ。あの、毛、なんとか、ならないのかなぁ。少し触れば、毛だらけに、なるだろう?」
「あ、いや、守孝様。まあ、そのぉ、毛だらけ、とまでは、なりませんけれど?」
常春の言葉に、おや?そうかなあ?と、守孝は、考え込んでいる。その隙に、常春は、タマを抱き上げたが、同時に、座する敷き畳に目が行った。
「なんと、泥だらけ!」
「やだっ!ウソ!!」
兄妹は、慌てて、守孝へ平伏した。
牛車《くるま》の中に敷かれている高麗縁《こうらいべり》の畳が、タマの足跡、紗奈の足跡などなど、泥で、ベッタリと汚れていた。
「おやまあまあ、これは、ひどい」
守孝は、袖を口元に当て、さも、嫌そうな顔をする。
「はあ……守孝様、誠に申し訳ございません、この様な始末、どう、詫びても、致し方ない事と、わかっておりますが、どうぞ、詫びさせてくださりませ」
平に、平に、と、常春、紗奈共々、頭をすり付ける。
守孝、実は、世に言う潔癖症で、タマの毛が、衣に付くだのと言っていたのは、綺麗好き過ぎる性癖を持っているからなのだ。
当然ながら、守近の弟君、面識は、十分にあるため、常春も、紗奈も、それを知っていた。
「兄様、拭うことはできませんでしょうか?」
紗奈は、上野の顔に戻り、汚れを取りされまいかと、思案している。
「紗奈や、畳に染み込んでいるようだから、これは、張り替えが、早いだろうが……」
「あれ、この様に、汚れた車に、乗り込んでいると思うと、気分が悪くなってきた。が、これでは、横にもなれない。さて、困った。そして、もう、この車は使う気にもならないなぁ」
うん、畳の張り替えなら、いっそ、車を新調しよう。と、なると
だ……、と、ニヤリと、笑い、縮こまっている兄と妹を見る。
「あ、あの、さすがに、畳の張り替えも、車の新調も、私どもには……」
常春が、慌てた。
そして、どうして、今なのか、という具合でタマが、怒りの声を上げた。
「ちょっと、常春様!タマ、苦しんですけど!抱き抱えたまま、平伏したりしたら、タマは、下敷きになってしまうでしょ!」
「だから!今は、その、下敷きを汚してしまったことを、詫びているのだろう!タマ!お前の足跡だらけじゃないかっ!」
「えー!上がる時は、足の裏を拭いてもらってたのに、だから、どこも汚れませんでしたよ!拭いてくださらなかった常春様達が、わるいんでしょ!!」
「なんだって!!」
常春は、タマの言い分が、頭に来た様で、その声は、かなり荒い物になっていた。
「はい、勝負あり。チビ助、お前は、兄上の御屋敷へお戻り。こうも、口うるさい子犬が、いたら、たまらん」
守孝は、紗奈に、車の後ろに垂れる、薄絹の下簾《したすだれ》と、簾《すだれ》を、巻き上げるように命じた。
「あっ、そこまでしなくてよいか、チビ助が、外へ出れる程度、簾を上げてやっておくれ」
「あ、はい、かしこまりました」
「さあさあ、チビや、出てお行き、お前は、愛嬌があるから、きっと、兄上達が寂しがっておられるよ?早く戻りなさい」
え?!
と、タマは、きょとんとしつつ、
「でも、常春様と、上野様は……」
「ここまで、連れて来てくれたのだ、礼を言うぞ。よくやってくれた」
追い討ちをかけるかのような、守孝の上品な物言いに、タマは、すっかり、取り込まれ、舞い上がった。
「ですよねー!タマ、頑張りましたもの!御屋敷へ、もどります!」
言うと、そのまま、常春の腕をすり抜け、紗奈が持ち上げている、簾の隙間から、ぴょんと、外へ飛び降りた。
が、わっ!と、いう悲鳴と共に、タマは、コロコロ転がって行った。
「えっ!タマ!」
「紗奈や、大丈夫だろう。そもそも、現れた時も、転がっていたのだから」
守孝が、さらりと言い放った。
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