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匿名446
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朝。
いつもなら、外の音が聞こえる時間。
人の気配、車の音、遠くのざわめき。
——それが、妙に遠い。
「……」
イギリスは静かに目を開けた。
見慣れた天井。
だが、違和感は消えない。
ゆっくりと起き上がり、窓に視線を向ける。
カーテンは閉じられていた。
「……アメリカ?」
返事はない。
部屋を見渡す。
姿が見えない。
(……いない?)
一瞬だけ、胸の奥が軽くなる。
そのまま立ち上がり、玄関へ向かう。
——出られるかもしれない。
そう思って。
手を伸ばす。
ドアノブを回す。
ガチャ。
……開かない。
「……」
わかっていたはずなのに。
ほんのわずかな期待が、音もなく崩れる。
「……はぁ」
小さく息を吐く。
その時。
「おはよ、親父」
背後から声。
「……!」
反射的に振り返る。
キッチンの方から、アメリカが顔を出した。
「なにしてんの?」
いつも通りの、軽い調子。
手にはマグカップ。
「……外に出ようとしました」
「だろうな」
あっさりと返される。
「無理だよ」
「……開けてください」
「やだ」
即答。
「……仕事があります」
「休めばいいじゃん」
「そういう問題ではありません」
「俺にとってはそうだけど」
全く悪びれない。
「……連絡を取らなければなりません」
「もう取ったよ」
「……は?」
一瞬、思考が止まる。
「“今日は休みます”って」
「……誰に、ですか」
「関係ありそうなとこ全部」
さらりと言う。
「メールも電話も、俺がやっといた」
「……」
血の気が引く。
「なぜ、そのようなことを」
「だって必要だろ?」
当然のように言う。
「親父、外出れないんだし」
「……私の了承もなく」
「いいじゃん別に」
肩をすくめる。
「困ってないだろ?」
「困っています」
「でもさ」
少しだけ首を傾ける。
「これで外出なくていい理由できたじゃん」
「……」
言葉が出ない。
理由の問題ではない。
——勝手に、決められている。
それが問題なのに。
「スマホも」
ぽん、とテーブルに置かれる。
「これな」
「……」
見覚えのある自分のスマホ。
手を伸ばす。
だが。
「パスコード変えたから」
「……!」
ぴたりと動きが止まる。
「なんでそんな顔すんの?」
不思議そうに笑う。
「使わねえだろ、どうせ」
「使います」
「誰に?」
「……」
言葉に詰まる。
その一瞬を、見逃さない。
「ほら」
くすっと笑う。
「必要ないじゃん」
「……あります」
「ないって」
軽く言い切る。
「親父に連絡してくるやつなんて」
一歩、近づく。
「全部いらない」
「……」
ぞくり、とする。
「俺がいるし」
昨日と同じ言葉。
でも。
意味が、さらに重くなっている。
「……それは違います」
「何が?」
「私は、あなた以外とも関わりがあります」
「いらないだろ」
即答。
「……必要です」
「俺じゃダメ?」
まっすぐな視線。
「……そういう問題では」
「じゃあ何?」
じわじわと詰め寄られる。
「俺より大事なやついんの?」
「……」
答えられない。
否定しても、肯定しても、どちらでも崩れる。
「……別の話です」
なんとか言葉を絞り出す。
だが。
「逃げんなよ」
低く言われる。
「……逃げてなど」
「逃げてる」
きっぱりと断言される。
「俺の質問、ちゃんと答えてねえじゃん」
「……」
言葉が出ない。
「まあいいや」
急に、あっさりと引く。
「どうせさ」
テーブルに寄りかかりながら。
「そのうち慣れるし」
「……何にですか」
「これ」
部屋を軽く見回す。
「外出ない生活」
「……慣れるつもりはありません」
「でもなるよ」
迷いなく言い切る。
「だってさ」
にこっと笑う。
「他に選択肢ないし」
「……」
何も言えない。
それが事実だから。
「安心しろって」
少しだけ、優しく言うように。
「ちゃんと面倒見てやるから」
「……」
その言葉は、一見すると優しさのようで。
実際は。
完全な支配だった。
「飯も作るし」
「……」
「退屈しないようにするし」
「……」
「親父はここにいればいい」
ゆっくりと近づいてくる。
「俺と」
「……」
逃げられない。
物理的にも、状況的にも。
「なあ」
目の前で止まる。
「そんなに外がいい?」
「……」
答えられない。
正直に言えば、どうなるかわからない。
黙れば——
「……まあいいや」
小さく息を吐く。
「今はまだ、そう思うよな」
その言い方は。
まるで——
時間をかけて変えるつもりのようで。
「でもさ」
少しだけ顔を近づけて。
「すぐわかるよ」
「……何がですか」
「外なんかなくてもいいって」
静かに言い切る。
「俺がいれば」
「……」
反論が浮かばない。
いや。
浮かんでも、口に出せない。
「ほら」
手を差し出される。
「朝飯食おうぜ」
「……」
拒否する理由はある。
けれど。
拒否する勇気がない。
ゆっくりと、その手を見る。
そして——
わずかに、触れてしまう。
「よし」
満足そうに笑うアメリカ。
その様子を見て。
イギリスは、はっきりと理解した。
——少しずつ。
確実に。
自分の選択肢が、削られていることを。
そして。
それに抗えない自分がいることを。
認めたくないまま。
ただ、流されていく。