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数日が過ぎた。あの日のことについて、るかはもう何も言わなかった。
いつも通りに振る舞っていた。
ちょっと不機嫌な日もあれば、
何もなかったように静かな日もある。
でも、たまに、
スマホを眺めるその目だけが、
どこか遠くを見ているようだった。
⸻
その日は雨が降っていて、
出かける予定もキャンセルになった。
ふたりで並んで、買い置きのアイスを食べていたとき。
唐突に、るかがぽつりとつぶやいた。
「……元カレだった」
俺は言葉の意味がわからず、
一瞬間を置いてから、返した。
「え?」
「この前の。……出かけたやつ。偶然っていうか、向こうが声かけてきて」
「……そっか」
「なんか、“久しぶりに話さない?”とか言ってきてさ。
こっちは別に、会いたくもなかったのに」
アイスの棒を見つめながら、るかは言葉を続けた。
「でも、断れなかった。流されたわけじゃないけど……なんか、負けたくなくて」
「負けたくない?」
「見た目とか、元気そうなフリとか。向こう、いろいろ言ってきてたし。
“相変わらず拗らせてんな”とか、笑って」
その言葉に、俺の手が止まった。
⸻
るかは自嘲するように笑った。
「なんか……そう言われた瞬間に、バカバカしくなった。
家帰って、鏡見たら、ほんとに疲れてる顔しててさ。
――誰に見せてんだろって思った」
俺は言葉を探していた。
でも、何を言えば正解なのかわからなかった。
だから、正直に言った。
「……それ、言ってきたやつの方がクソだと思うよ」
「……言い方がガキっぽい」
「でも本当だし」
るかは少しだけ笑った。
今度は、力の抜けた、ちゃんとした笑いだった。
⸻
「……じゃあさ、今日のアイス、何味かわかる?」
話題を変えるように言った俺に、
るかは棒の裏をじっと見て言った。
「これ当たり? また買ってきてってこと?」
「ちがう。“これはご褒美”って書いてある」
「……なにそれ。気持ち悪い……けど、まあ、いいか」
「俺が書いたんだよ」
「お前かよ」
「うん。……なんか言いたそうだったから、準備しといた」
るかは呆れたように笑いながら、
空になったカップをそっと置いた。
「じゃあ次は、ミントのやつにしよ。
……あたし、それだけは譲れない」
⸻
たぶん、全部を話したわけじゃない。
でも、こうして少しずつ出てくるなら、それでいいと思った。
過去は全部わからなくても、
今のるかと一緒にいる時間が、
その続きを少しずつ書き換えていく気がした。