九条さんは、目を閉じてゆっくりとうなづいた。
何かを噛み締めるように。
「彩葉、今まで本当に申し訳なかった。でも君のこれからの人生は、俺と一緒に歩んでほしい。もちろん、雪都と3人で。君以外の人は考えられない。必ず、幸せにするから」
「九条さん……?」
これってどういう意味?
雪都と3人でって、まさかプロポーズみたいなことなの?
ちょっと待って……
私、頭が追いついていかないよ。
「彩葉は俺の妻、雪都は俺の子ども、俺は夫になり、父親になる。俺達は家族になるんだ」
嘘……
こんなセリフ、嘘だよ。
やっぱり私はまだ夢の中?
とても現実に起きてることとは思えない。
でも、もし……
もし、これが現実だとしても、こんなにも愛のこもった想いを、私なんかが素直に受け取っていいの?
「彩葉?」
次の言葉が出てこずに戸惑っている私の顔を真剣に見つめる九条さん。
その澄み切った美しい瞳には、感極まった私が写ってる。
九条さんは、間違いなく、今、私だけを見てくれてるんだ。
「う、嬉しいです。もったいないくらいです。でも……ごめんなさい。あまりに突然過ぎてまだ気持ちの整理がつきません。少し考えさせてもらえませんか?」
「そうだな。ああ、わかった。でも、必ず良い返事を待ってる。俺、諦めないから。あと、俺のことを九条さんと呼ぶのは止めてくれないか? 慶都でいい」
「えっ?」
唐突な申し出に驚く。
「何か問題?」
「あっ、いえ、あの……やっぱり今さらお名前で呼ぶのは恥ずかしいです」
「一堂家で俺の事を名前で呼ばないのは君だけなんだけど」
確かに……
麗華はすぐに慶都さんと呼んでいたけど、九条グループの御曹司を名前で呼ぶことなんて、私には恐れ多くてできなかった。
でも「慶都」っていう名前、本当はずっとずっと素敵だと思ってたんだ。
麗華みたいに、九条さんを名前で呼べたらどんなに嬉しいだろうって。
「ごめんなさい」
「そうやってまた謝る。今からでいいから、ちゃんと慶都って呼んでほしい」
「わ、わかりました」
「いい子だ。これでお互い名前で呼び合える。さあ、呼んでみて」
「えっ! 今ですか?」
「ああ、もちろん」
「あっ、えっと……」
「恥ずかしがらないで」
「は、はい……け、慶……都さん」
「いいね。彩葉、これからはちゃんと慶都って呼ぶこと」
私はうなづいた。
慶都さん……は、私を「彩葉」と呼び、妹を「麗華ちゃん」と呼ぶ。
それは私が好かれてないからなの? って、ちょっと思ってた時期がある。
私は、正当な一堂家の人間じゃないから。
だけど、慶都さんはそんな風に身分で人を判断するような人じゃないって、今はわかってる。
「待ってるから、必ずまた連絡して」
私達はカフェを出て、車でまた保育園まで戻った。
雨は……まだ止まない。
激しくも緩やかにもならず、一定のペースで降り続いてる。
「ありがとうございます、また保育園まで戻って頂いて」
「気にしなくていい。今度は、雪都に会えるのを楽しみにしてるから。じゃあまた」
慶都さん……
まだこんなにも胸が熱いよ。
ずっとずっと止まらない鼓動。
私、今日、あなたに会えたこと、素直に喜んでもいいですか?
私は、そう疑問を投げかけながら、慶都さんの背中に一礼した。
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