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エンペラーはとある個室に一人。椅子に腰掛けながら、何処か物思いに更けっている。
想うは亜美の事か。それともこれからの事か――
“コンコン”
不意にドアをノックする音。
「入れ」
エンペラーは振り返る事なく、訪問者を迎え入れた。
「失礼しますエンペラー。御報告へあがりました」
ドアを開け、深々とお辞儀しながら入ってきたのは、かのコード『チャリオット』だった。
彼女はエンペラーの下まで歩み寄っていく。此処では『ネオ・ジェネシス』特有の純白のフードで身を隠してはいない。
「エンペラー……」
それにしても素顔の彼女は美しい女性だった。
琉月と同様、黒のビジネススーツを身に纏っている。これが彼女の地なのだろう。年齢も二十後半の遣り手のキャリアウーマンを思わせた。
「カレン。“此処では”何時も通りで良いんだよ」
エンペラーは腰掛けたまま振り返り、チャリオットへと微笑を浮かべた。
「あぁごめんごめん。つい癖になっちゃってね」
チャリオットは先程までの礼儀正しさから一変、表情を綻ばせた。
それは表向きには組織としての上下関係を重んじ、ここ個人としては対等の関係としての顕れだった。
「――そうそう、これで良いの“ユキ”。あの例の彼女、ずっと探してたんでしょ? やっと逢えたんだから、正体位明かしてもいいんじゃない? 私に気を使ってるなら気にしなくてもいいんだし」
報告から一転、チャリオット――カレンは別の話題へと向けた。
あの彼女とは亜美の事。エンペラーのみならず、亜美の事は彼等にとり重要事項のようだ。
「これで良いんだよ。今の彼女には何も関係の無い事なのだから。仮にそうだとしても、全てが終わってからだ」
「まあアンタらしい――っちゃ、らしいけど……」
御互い愛称で語り合う二人。そこに上下関係は無い。元より狂座のトップエリミネーター同士の二人なのだ。移り変わっても本質は変わらないのだろう。それ以上に二人はもっと“親密”な関係に見えた。
「あっ、紅茶で良かった?」
「ああ頼むよ」
カレンが二つのカップに紅茶を注ぎながら、話は更に深入りしていく。
「それよりカレン。報告が有ったんじゃないのかい?」
「あっ、そうだった。第七遊撃師団が師団長もろとも壊滅。まあ彼等が功に焦ったのもあるんだろうけど、流石は琉月……ね」
「ふっ……相手の実力も読めず、勝手に暴走して敗北する屑はいらん」
「まあ琉月はある意味、現SS級以上だからね。それだけに惜しいなぁ……。何とか説得出来ないものかしら?」
「そう願いたいね。彼女等もきっと分かる時が来る。何が正しくて、何が間違っているのかを……ね」
二人は煎れたての紅茶を啜りながら、神妙ながら何処か談笑にこれまでの事を。そしてこれからの事を。
「ところでライカは?」
「予定通り、もう行ったわよ」
「そうか……早いね。では明日にも世界が変わるね」
「そういう事」
二人だけの会合は尚も続く。もう一人のアルカナ、コード『ハイエロファント』は世界を変える為に動いていた事を。
「本当に良いのかいカレン?」
「えっ、何が?」
エンペラーは飲みかけのカップをテーブルへ置き、カレンへと再度促した。
「もし彼等と本気で闘い合う事になったら、君はそれが出来るかい? 友人でもある琉月、そして時雨は君の一番弟子でもあった……」
それは狂座と闘う事への再確認。今は敵同士になってしまったとはいえ、かつては御互いにそれ程に深交があった。
「愚問ね」
だがカレンはエンペラーの問を、問題無いとばかりに即答する。
「言っても分からない程の馬鹿弟子なら、せめて私の手で引導を渡してあげるわよ。それを言うならユキ、アンタもそうでしょう? 雫は貴方にとって――」
カレンは逆に返したが――途絶えた。
「ごめん……」
そして失言だった事をエンペラーへと詫びていた。
「カレン……。君は今まで本当によくやってくれた。ここからは君自身の幸せを求めるのもいい。もし今此処で去ったとしても、私は君を咎めない」
代わりにエンペラーが答えたのは、意外にも彼女への脱退の許可。
これから世界的クーデターを起こし、かつての仲間達をも倒そうとするのだ。無理に付き合う必要は無いという、エンペラーからの最後の通達――否、一個人として彼女へと送る意向だった。
「…………」
暫し考えあぐねるかのような沈黙が続いたが。
「いきなり何を言っちゃってんだか……。水臭いなぁ」
そしてカレンは席を立ち、エンペラーの下へ歩み寄る。
「私はアナタに着いて行くと決めた。例えその道が地獄まで続いていようと」
彼を包み込むようにその胸元へ埋めながら、カレンは自身の決意を伝えていた。
「カレン……」
エンペラーもそれに応える。彼女の腕に自分の掌を置きながら。
「運命は変わらない。それは定められた約束事……。だけど運命に抗って“神”になると決めたあの時から……ね。そしてそれが出来るのはアナタしか居ない」
「そうだね……ありがとう」
「ん……」
エンペラーは礼を言いながら、彼女と“誓いの口付け”を交わす。そしてどちらともなく立ち上がった。
「もう一刻の猶予も無い。運命は今――変わる。いや、私達が変えねばならない」
「これはその大いなる第一歩……ね」
一体何があると――二人は一体何を知っているというのか。
「もう戻るべき道は何処にも無い。阻むなら来るがいい、狂座の飼い犬共よ――」
吹っ切るようにエンペラーは意を決した。先程までの穏やかな瞳の色は――もう無い。
「そして運命のケルベロス――“ノクティス”。我等ネオ・ジェネシス『三柱神』が全てを浄化してみせよう」
“運命のケルベロス”
エンペラーは最後に意味深な一言を残し、二人は部屋を後にしていた。