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数冊の本。
未使用の安っぽいネクタイ。
手錠——他等々
数々の物証を前につきつけられ、唯が頰を真っ赤にしたまま泣きそうな顔で目の前のソファーに座っている。
「——何?これ」
俺まで顔を少し赤くしてしまい、まともに唯の顔を見る事が出来ない。
「ご、ごめんなさいっ。出来心だったんです!」
そう言った瞬間、ポロポロと唯が涙を流し出した。それを拭う姿を前にすると流石にいたたまれない気持ちになり、唯の傍まで近づき、妻の小さな身体をそっと抱き締めた。
「泣くなって責めてるわけじゃないんだ。怒ってないから」
「怖くて泣いてるんじゃないの、恥ずかしくて泣いてるの!」
(ああ…… まぁ、それはわかる)
逆ならマシだったんだろうけど、もう見つけちゃったしなぁ…… 。
話はほんの三十分前に遡る。少しづつ大掃除の季節が近づいてきている事に気が付いた俺は、年末なのに仕事で大掃除が出来ないという毎年の経験を踏まえて、自分の持ち物だけでも整理し始めるかと思い立ち、服をしまってあるクローゼットの扉を開けた。
仕事にはスーツで行っているせいで、俺の服といえばほとんどが似たような形状のスーツばかりだ。私服はすっかり隅の方に追いやられており、着用率の低さを実感させられてしまう。
きっちり整頓されているクローゼットの中。
唯がちゃんと整理整頓してくれているおかげでとても見やすく、文句なしの状態だ。
——なのだが…… 。下着や靴下なんかを入れておく大き目のケースの裏に、ヘンなスペースが開いている事がちょっと気になった。
「何だ?これ。壁にきちんとくっつければいいのに…… 」
湿気防止のスペースかとも一瞬思ったが、それにしてはちょっと広過ぎる気がする。一度湧いた疑問を放置しておける性質ではない俺は、ケースの裏に手を伸ばし、その空間が何なのか確かめる事にした。
ガサッ。手に感じたのは紙の感触だ。
「ん?」
形状を確かめる様に周囲も触ると、どうやらその空間に入っていたのは少し大きめの紙袋だったみたいだ。持ち歩く為の部分が指に触れたので、俺はそれをグイッと引っ張ってみた。
茶色く、何の変哲もない紙袋が目の前に現れる。店名もない、普通の紙袋だ。
「ウチにこんな物あったか?」
そんな場所に何かを隠した記憶のない俺は、『自分の持ち物ではない』=『唯の物』だとすぐに気が付き、元の場所にしまっておこうと考えた。
(…… でも、中身は気になる)
駄目だって頭ではわかってはいるのだが、目の前にある妻の秘密?に興味の湧かない夫はそうそういないだろう。
彼女の性格的にも、麻薬や犯罪の品が出てくる心配もないんだ。見なかった事にして、そのまま元の場所にしまってしまえばいい。大方見られたくない写真だとか、過去の黒歴史的な品だろうと考え、一度はちゃんと元も戻そうとした。
——だが、唯の秘密が見られる、かも。
結局誘惑に負け、ちょっとだけ心臓をドキドキさせながら、俺は紙袋の中を覗きこんだ。
「…… 手錠?」
黒い手錠が真っ先に目に入った。黒いのなんか俺は持っていないので、唯の私物なのだろう。
ものすごく、中身を見ちゃいけない気がしてきた。でもここまできて後戻りも出来ないと、もう一度紙袋の中に手を入れてみると、今度はB5サイズ程度の本が。カバーがされており、表紙の見えない本だった。
もちろん、中身の気になった俺はその本を開いてみた。
「——た、体位?」
いわゆる『四十八手』の本だった。四十八種の体位がひたすら図解で細かく解説されている本の内容に、興味はありつつもちょっと眩暈がする。なのに、無言で少し見入ってしまう。
そして、「…… 今度やってみるかな」なんて呟きつつ、パタンッと本を閉じた。
ここまできたらもう怖いものはないと、もう一個づつ漁るのをやめて、紙袋の下を持ちひっくり返してみる。バサバサと音をたてながら中身が大量に紙袋の中から滑り落ち、目の前に広がる品々に——絶句した。
実物なんか一度も見た事のないような淫猥な品々が目の前で乱雑に並び、言葉が出なくなる。手に取ると、どれも全て未開封だった事に少しだけ安心し、一個づつ紙袋の中に戻していった。
「知らなかった…… 方が、よかったのか?」
見てしまった大人の玩具達を前に、どういう反応をしていいのは困り、ちょっとため息がもれる。個人的には夫婦生活に全く不満などなく、唯にもそんなふうに感じさせているとは思っていなかったのだが…… 。
こういった品々を目の前にしてしまうと、もしかしたらマンネリを唯に感じさせてしまっていたんだろうかと少し不安に。
「…… 実は、普通じゃない方が好きだとか?」
そういえば、一度も唯の性癖なんか訊いた事がない。妻にとって俺は始めての相手だし、特殊な趣味なんか俺は開発してないからあるはずもないと、勝手に思っていた。
気にもした事がなかったんだが、ふと唯が耳年増であることを思い出した。聞きかじりの知識で興味を持ち、買ってはみたが、恥ずかしさに使用願いを俺に言えないでいたとか?
(ありうる、ものすごくこの可能性は高いぞ)
そう思った俺は、目の前に出したとしても辺り障りの少なそうな品を数点持ち、残りを紙袋の中へ。
そして、晩御飯を作っている最中の唯の居る居間へとそれらを持って移動した。
ちょっと尋問してやろう。やっぱり妻の本心はきちんと訊いておかないとな。