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予想通り、ルスの作った朝食は前回と同じだった。焼いただけの肉と千切ったレタスのサラダなどといった具合に。でもまぁ今回は切ったトマトをレタスにのせて、追加でクルトンとチーズをトッピングしてあったから前よりも少しは上達…… したと思っておこう。世の中には何度練習しても焦げた塊しか作れない程に壊滅的な料理の腕前の者もいるらしいので、ルスはまだマシな方と言えるな。
ルスが焼いた肉とレタスにマヨネーズベースの特製ソースをかけてからパンで挟み、サンドイッチに改造したあたりでシュバルツが今日も朝食を食べに来た時はぶん殴りたい気持ちになったが、家主であるルスが何とも思っていないみたいだったので、結局また今回も四人での食事となった。
シュバルツから聞いた話だと、本当ならマリアンヌもこの朝食の席に参加したいらしいのだが、このタイミングでは山猫亭のモーニングセットの提供時間と被っている為、『仲間はずれだなんて酷いわっ!その時間は仕事だから、アタシだけ行けないじゃないの!』と言ってガチ泣きしていたそうだ。
『嫁候補の機嫌を取る為にも、こっちで食事をするよりは山猫亭を手伝った方が喜ばれるんじゃないのか?』
シュバルツがマリアンヌを落とせるとは思えないからどうせ意味の無い発言だろうが、此処にコイツが存在するだけで邪魔過ぎて、どうしたって言いたくなる。だがもうとっくにシュバルツもそう提案したそうなのだが、『貴族育ちの御坊ちゃまが突然来ても、忙しい中ご丁寧に面倒見てあげる気なんか無いわよ』と一蹴されたそうだ。
変な組み合わせでの、無駄に騒がしい食事が終わった後。早速僕とルスがリアンを保育所まで送って行こうとすると、『今日はボクに任せてくれないか?』とシュバルツに提案され、流れで送迎を頼む事となった。悪いからと二、三度ルスは断ったのだが、『義弟を送って行くくらい任せてくれ!』と義兄面してリアンを抱き上げた時は顔面に回し蹴りでもかまそうかと思ったのだが、結局は半ば強引に押し切られて—— 今に至る。
「大丈夫、かな。シュバルツはリアンの保育所の場所とか、ちゃんとわかるんだろうか?」
「問題無いだろ。ソワレは小さな町だから保育所はまだ一箇所しか無いしな。それに、念の為ヤタを同行させただろう?もしシュバルツが馬鹿をやって変な奴に絡まれても、あの子が対応してくれる。一羽だけでこの町くらいなら制圧出来るくらいには強いから心配ない」
「流石は八咫烏だね!」
「確かに器用な子ではあるけど、“神の使い”を自称できる程じゃないぞ」
ヤタの技量に安心したのか、先程までは心配していそうなルスの表情がすっかり元通りのアホ面になった。
ダイニングテーブルに並ぶ、空っぽになった食器を片付けるのを手伝う。すると僕よりも一歩先にキッチンに到着していたルスが、「そういえば——」と何かに気が付いて急に振り返った。
「今日のヤタはお洒落さんだったね。前にスキアが呼んだ時は、白くって丸い飾りなんて頭につけていなかったのに」
汚れている食器をキッチンの洗い場に置きながらルスが首を傾げる。僕はそんな彼女の注意力の低さに呆れ、ため息をついた。
「アレは洒落た飾りじゃなくって、ユキだろ」
「…… ユキ?え?あの二羽、いつの間にお友達になったんだろう?」
「ヤタとユキは、友達じゃなくって番だぞ?」
「…… 。——つ、番⁉︎」
一瞬『番』の意味が思い出せなかったみたいだったが、次の瞬間には目を見張っていた。どうやらルスは、ユキからその事を知らされていなかったみたいだ。
「え。全然サイズも種族も違うけど、大丈夫なのかな」
無垢なルスの事だ。交尾時の心配をしているとは思えないから、きっと深い考えの無い単純な疑問だろう。
「ヤタだって考えあっての行動だろうから、心配はいらないだろ」
「そっかぁ。番になったんだ、あの子達」
リアンの送迎の件の時以上に不安そうな顔をし、ルスがそっと視線を落とした。単純そうなシュバルツとは違って、まだルスはヤタの本性をよく知らないせいだろうか。
(確かにヤタは、信用に足る様な『良い子』ではないから、この反応も無理はないか)
ヤタの本質は、僕と相性がいい時点でお察しだ。楽しい事を好み、他者を害する事に罪悪感を抱かず、独占欲が強い。気に入ったモノは、それが物だろうが生き物であろうが関係無くコレクション化する癖があるから、ユキはもう一生ヤタから逃げる事は不可能だろう。
——案の定、ユキの首周りに緩く巻かれた伝書鳥の契約魔法陣には既に、ヤタと僕以外には見えない魔力で編まれたドス黒い鎖が結んであった。互いの魔法陣を繋ぎ、遠くには離れられない様にしたのだろう。あの鎖には触れる事も不可能なので邪魔にはならないが、当然解く事も出来ないから、この先ユキが他の鳥に惚れる何て事態にはならない事を願うばかりだ。
「少なくとも、この先ユキが淋しい思いをする事はないだろうな。ヤタは、えっと…… 一生大事に、するタイプだから」
徹底的に甘やかして自分だけに依存させたがる難儀な性格の烏だとは、とてもじゃないが言えないから言葉を濁す。
「そっか。ヤタも優しい子なんだね」
そうは言いつつもまだちょっと心配そうな顔をしているが、そんな気もそぞろといった様子がムカつく事に可愛いと思えてしまう。悔しい事に、この瞳が僕だけを見たらいいのに…… とも。
「それにしても、僕達の伝書鳥同士が番になるとか、面白い事もあるもんだな」
「そうだね。ワタシ達も夫婦で、あの子達もそうだなんて、なかなかないよね」
食器を洗いながらルスが控えめに笑う。彼女が既に洗い終えた食器を拭き、食器棚に片付けながら「ホント、そうだよな」と僕は答えた。
確かに、僕もそんな事になるとは一切考えてはいなかった。
ヤタは他の烏達よりも抜きん出て賢い鳥ではあったが、その為他の鳥達を小馬鹿にしていたから、番をつくろうとした事なんて一度もなかった。なのに今回は出逢ってすぐに気に入って、番にまでしたのだから、ユキの性格や容姿が余程ツボだったのだろう。
「いいなぁ…… ヤタが羨ましいや」
「ヤタが、か?」
「うん。ユキはワタシに懐いていないからね。あの子と契約をしてからもう一年は経ったけど、いまだにお仕事も頼みにくいくらいだし」
「ルスはユキに気を遣い過ぎだろ」
「そうかな」
「そうだろ。伝書鳥は伝書を運ぶ事を誇りに思っている子が多いから、懐いていないからと気を遣って仕事を頼まないままでいるその判断が、より一層互いの心の距離を引き離しているんじゃないのか?」
ルスがはっとした顔をする。その可能性があるかもと、今まで一度も、本当に全く全然ちっとも考えていなかったみたいだ。
「一度ちゃんと話し合ってみたらどうだ?『番が出来たお祝いをしたい』とでも言えば、流石に話を聞いてくれるんじゃないのか?」
「そうだね!お祝い、いいね!」
ルスが嬉しそうにパンッと手を叩く。だけどどうやって祝ったらいいのか全く思い浮かばないのか、すぐに無言のまま完全に固まってしまった。
(…… 祝った経験なんか、あるはずがないもんな)
ふと、前の世界に居た頃のルスの姿が頭をよぎった。ボサボサ頭で、大人用の大きな服を着た枯れ木の様な姿と、今の彼女の姿が重なって見える。『あんな経験をしてきたんだ、どん底に堕とす前に少しくらい幸せを経験させてやるか』と考え、僕はぽんぽんっとルスの頭を軽く叩くみたいに撫でてやった。
「一人で気負わずに一緒にやろう。ユキの番の相手は、僕の伝書鳥なんだからな」
「ありがとう!スキア」
今日一番と言える眩しい笑顔を僕に向ける。こんな事くらいで喜ぶとか、本当に単純な奴だ。だけど…… そんな笑顔を可愛いと感じてしまう僕は、もっと単純な男に落ちてしまったのかもしれない。