ヤタからの報告によると、ユキとはもう子作りに勤しんでいるらしい。二羽とも鳥だし、春は丁度繁殖時期でもあるから、番=交尾というのは自然な流れなのだろう。ただ、純真そうなユキの同意をちゃんと得ているとは思えないので、上手い事言って丸め込み、追い込んだに違いないが。
(…… 羨ましい)
そんな事を一瞬考えて、すぐにぶんぶんと頭を横に振る。そしてすぐに、“ルス”という名の善性の強い猛毒の回りの早さを実感して、背筋に寒気が走った。さっきは間抜けな笑顔を見て『可愛い』だなんて思ったし、ヤタ達の番っぷりを『羨ましい』と感じてしまうこの感情が煩わしくって仕方がない。
予想よりも、侵食が…… 早い。
だけど、だからって、今すぐ逃げるのは正直悔しい。この肉体も、フェイスタイプが色気ダダ漏れなオッサンであるという点を除けば結構気に入っているので、起きてもいない事を先読みし、勝手に不安がって手放すには勿体ないという気持ちの方が強かった。今までの生ぬるい遊びじゃなく、難易度の高い対象であるからこそルスを選んで取り憑いたのだから、今更逃げてたまるか。
(何とかギリギリまでとどまって、絶対先に、僕がルスを攻略してやる)
じゃあ、その為には何をしたらいいんだ?——さぁ、どうする。
真剣に今後の対策を考えても、食器を洗い終え、片付けも完了したルスの能天気な顔を見ていると、すぐにどうでもよくなってきてしまうのも非常にマズイ気がする。だが彼女が傍に居ると気が散って仕方ないから、今はその不安からそっと目を背けておくことにした。
「ユキ達の番祝いは何をしてあげようか」
キッチンの作業台や洗い場をタオルで拭きながらルスが唸っている。全然何も案が浮かばないのは多分、一度もそういった経験が無いせいだろう。
「プレゼントを用意して、果物と一緒に贈るとかでいいんじゃないか?相手は鳥な訳だし、パーティーだなんだと豪華にやっても騒がしいだけで嬉しくはないだろ」
「そっか。そうだね、そうしよう」
両の手をぐっと握って、ルスは二、三度うんうんと頷いた。すごく嬉しそうに口角が上がっている。誰でも思い浮かぶような簡単な提案だったのに、あの程度で本当に喜んでくれるのかと思うと、チョロ過ぎて不安になってくる。
ルスの背後から抱きつき、彼女の頭の上に顎を軽く乗せた。ぴんっとのびた獣耳が両頬に当たって少しくすぐったい。
「なぁ、良案を提供した夫にご褒美はないのか?」
「ご褒美?別に良いけど、何が欲しいの?——あ!でも高い物とかは無しでね?討伐ギルドの人達のおかげで前よりもお金には余裕あるけど、まだ全然、散財出来る程じゃないから」
「大丈夫、お金はかからない事だから。それに必要な事でもあるしな」
「…… 『事』?『物』じゃなくって?」
不思議そうな顔をしながらルスがこちらを見上げてくる。無性にこのきょとんとした顔が歪む瞬間が見たくなり、下っ腹の奥がぎゅっと苦しくなった。
「折角“夫婦”って体で暮らしているんだし、今から『夫婦らしい事』をしてみないか?」
下っ腹の疼きと、小さなユキがヤタの頭にちょこんと乗っている姿がふと頭に浮かんだせいで、気が付いたら次の瞬間にはもう変な事を口走ってしまっていた。
「『夫婦らしい事』って、例えば?」
聞こえなかったとかがあればよかったのだが、バッチリ聞こえていたせいで引き返せない。
(さて、誤魔化せないならどうするか)
此処はキッチンで、今はリアンもおらず、家には二人っきり。昨夜既に魔法の契約印に僕の魔力を流し込んではいるけれど、今日はまだだ。そうか、今ならルスが声を押し殺したり、リアンやシュバルツには聴こえない様に、堪えきれなかった喘ぎ声を闇や影に吸い込ませる必要も無いのか。
「キッチンプレイとか、夫婦っぽくないか?」
「…… ん?」と言ってルスが首を傾げる。『何故におままごとを、うちら二人で?』と考えている顔だ。そんなアホな勘違いをこれ以上続けさせない為、今彼女が着ている服を、しかもエプロン以外の一切合切を、服の内側にある影を利用して消し去ってやる。靴下だけは残そうかとちょっとだけ考えたが、流石にマニアック過ぎるかと思ってやめておいた。
「ひゃっ!」
突然着ていた服が消えて肌寒くなったからか、ルスの方から僕に抱きついてきた。びっくりしている様子でもあるが、「え?もしかして、これって手品?」と、ちょっと嬉しそうでもある。
「似たような、ものかな?色々消せるのは確かだし」
ルスを瀕死に追い込んだロイヤル達三人と同じ方法で消し去っただけなので手品とは全然違うのだが、説明するのは面倒だ。あっちはもう魂ごと消し飛ばしてやったので再起不能だけど、服の方はちゃんと後で洗濯カゴの中にでも戻しておいてやろう。
「す、すごいね。料理も上手だし、掃除もやれて、リアンの扱いもお手の物だなんて、スキアは何でも出来るんだね」
フサフサな尻尾を振りながらキラキラと瞳を輝かせてこちらを見上げてくるが、下半身にも何も穿いていないせいで丸い尻もバッチリ見えている。エプロンの隙間からはストンとしたまな板胸しか見えないのが残念なような、むしろ逆にエロいような…… 。決して幼女趣味は無いので複雑な気分だ。
「惚れたりとかしても良いんだぞ?」
ははっと笑いながら冗談っぽく言った言葉を前にして、ルスは感情の全く読み取れない硬い表情を返してきた。どう反応していいのか本気でわからないみたいだ。
…… その事が、妙に悔しい。
愛情なんてものを貰えずに育ったせいでそういった類の感情が全く理解出来ないだけなんだなとは想像出来ても、自分だけが彼女に毒されている事実を突き付けられた様な気分だ。
(あぁ、くそ!もう今すぐにでもコイツを壊してやりたい)
そんな衝動が僕の心を揺さぶり、警戒心の欠片も持たないルスの小さな体を、力強くぎゅっと抱き締めた。