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ほっほっほ、と、親分猫が笑いつつ、困惑している皆を見る。
「どうせ、ペラペラ喋る、あの、小わっぱの入れ知恵でしょう。若様、この爺におまかせねがいますかな?」
細い目を、更に細め、親分猫は言った。
「それは……もしかして、秋時のことだろうか?」
守満の一言に、親分猫は、頷き、そして、語った。
「どうやら、あの、火事の後、三条辺りの通りから、琵琶の音が流れている、とか、あの、小わっぱが、得体の知れない男どもと、うろついているとか」
「猫殿!それは、つまり……いや、しかし、大方の者は、あの時に、捕まえたはずじゃ……」
髭モジャが、言い詰まる。
「ええ、確かに、捕まえましたがのぉ、悪党など、猫の数ほどおりますじゃろう?ほっほっほ」
三条通り辺りの屋敷で、飼われている猫達が、怯えているのだと、繋ぎの猫が伝えて来たらしい。
「……繋ぎって、いったい、都には、どれ程猫がいるのだろう?」
守満は、驚きから、開いた口が塞がらないでいる。
「ああ、外で作業しているときに、時おり感じる視線は、猫のもの、だったのねぇ」
橘が、何か納得しつつ、床へ、桧扇を置いた。
「守満様、こんな扇、屋敷の中へ放り込んでおやりなさい。四の姫、いえ、三条土御門《さんじょうつちみかど》様も、琵琶法師と組んでいるということでしょ?そして、逃げ切った手の者を、囲っていると。そんなもの、勝手にさせておきなされ!」
橘の言い分に、親分猫は、頷いた。
「ああ、橘、そうなんだろうけど、またなぜ、そこで、私なんだい?」
困りきる守満へ、橘が続けた。
「おそらくは、秋時様が。守近様の口封じとして、守満様を使えと……。まあ、四の姫君の色香に惑わせるつもりじゃないでしょうか?」
見え透いた事を、バカバカしいと、橘は、ごちる。
「なんじゃと!それは、結局、仲間が捕まった、その、腹いせっ!ならば、ならばこそ、ワシが、届けなければ!守満様の生き血を四の姫君に啜らせてはならぬ!!」
いきり立ち、飛び出しそうな髭モジャを、守満が止めた。
「髭モジャよ。相手方が、呼んでいるのは、私だよ?やはり、私が行かねば、話は収まらない。そして、秋時を、押さえ込むこともできないだろう」
ですね?と、守満は、親分猫に問いただした。
「まあ、あの、小わっぱ一人、押さえても、どうしようもないのじゃが、この御屋敷を守る事が、まずは、一番ですからのぉ」
「まったく、秋時め。私が、四の姫君に、なびくと思っているのだろうか?」
なびいてるのは、自分だろ、と、ぶつぶつ言いつつ、守満は、髭モジャに、出かける準備を言いつけた。
こうして、守満は、髭モジャを供に、馬にまたがり、三条通りを目指した。
守満の懐には、例の桧扇が、そして、髭モジャの懐には、親分猫が、納まっている。
「守満様、牛車《くるま》の方がよろしかったのでは?」
「ああ、本来は、そうなんだろうけど、馬の方が小回りが効くだろう?すぐに、逃げられるしね」
「しかし、馬じゃと、お姿が、見えてしまう……」
「だから、髭モジャ、おまえの、腕が、役に立つのだろ?」
守満は、髭モジャが背負う、弓矢を見た。
「これしきのことで、事が収まりますかいのぉ、何も、守満様、わざわざ、琵琶など持参しなくとも……」
馬を引きながら、髭モジャは、心配そうに、守満が背負う、琵琶を見やった。
守満は、問題の屋敷の外で琵琶を奏で、琵琶法師からの合図と思わせ、逃げ込んでいるはずの、秋時を誘きだし、姫君へ、扇を渡して欲しいと、頼むつもりなのだ。
扇を、突き返すことによって、こちら側は何も知らぬ、相手にできぬと、知らしめる。それが、今の所、一番、穏便に、済ませられる策だろうと、考えたのだった。
無論、互いに、しこりは残るが……。
「ですが、守満様、単なる、ならず者が、出てきたら……」
「あー、その時は、四の姫君のお姿を垣間見に来たとでも言って、その者に、扇を渡して、さっさと、逃げれば良いだろう?ですよね?親分猫殿?」
ほっほっほ、と、親分猫は、楽しげに笑った。
「はあー、どうぞ、ワシが、弓を引く事などありませぬように、親分猫殿、笑っとる場合では、ござりませんぞ!」
「いや、こりゃー、すまんことで」
と、言いつつ、親分猫は、相変わらず、ほっほっほと、楽しげに笑っていた。