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#ヒューマンドラマ
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#大衆食堂
──来週の日曜日。
それが、金原の屋敷では、合言葉の様になり、皆、各々の仕事の合間を見て、百円札をせっせと折りたたんでいた。
珠子の結納に乱入して、祝儀のおひねりをばらまく──。
なんとも、滑稽な話だが、皆には、金原に、ちゃんと考えがあると分かっているようで、作業に勤しんでいた。
まず、百円札を細長く折りたたみ、それへ、十銭銅貨を包み込む。
単純な作業ではあるが、数がある。作業は、笑い事ではすまされないほど、手間のかかるものだった。
「ああっ!旦那様!」
金原の部屋で作業をしている櫻子が、向かい合わせに座る金原へ、苛立ち声をあげた。
「力を入れすぎるのですよ。また、破れてしまったわ。旦那様、紙ではなく、お札なのですから、大切に扱ってください!」
「わかっている。しかしだ。意外と難しいな」
破れてしまった、手元の百円札を見ながら、金原は、小さくなった。
「ですから、先ほどお教えしたように……」
櫻子の注意に、うんと頷きながら、金原は、器用に札を折りたたむ櫻子の指先を凝視する。
「……わかっては、いるのだが、何が違うんだろうなぁ」
自分が行うと、破れてしまうのにと、金原は首をひねる。
「うーん、五千円分は、多かったか。しかし、そうでなければ、意味はない」
つっと、顔を上げ、金原は、真顔になった。
「櫻子、お前は、金原商店へ、手形の五百円の代わりに、柳原の家から追い出された。だからこそ、今度は、五百円の上を行く、五千円を、突きつけてやらねばならんのだ。そして、珠子を、破談という目にあわさなければならん!」
金原は、真の目的を櫻子へ訴える。
五千円という大きな額が引っ掛かっていた櫻子は、うすぼんやりとではあるが、金原の言い分が掴めた。
同時に、いくら、珠子相手だからといっても、後ろめたさ以上の重い気持ちにも陥った。
しかし、金原の心配りのようなものに触れては、櫻子は、はいと素直に返事をするしかなかった。
そんな、どこか複雑な気持ちを、お浜の威勢の良い声が打ち破る。
「あれ、やだね。キヨシったら、不器用だこと。って言うよりも、なんだい、二人で、いちゃついて」
「な、なにを!」
金原は、慌てるが、櫻子は、それ以上に、おろおろしてしまう。
別に、いちゃついてはいない。必要な作業をしているだけなのにと、櫻子は、お浜に言いかけて、はっと気がつく。
「お浜さん、成田屋さんの方は、良いのですか?」
確か、朝、お玉と一緒に出掛けたはずだ。まだ、昼前のはず。あちらのことは、良いのだろうかと、心配する櫻子へ、お浜が答えた。
「あらかたの事は、言いつけたから、後は、店のやる気次第さ。というか、キヨシ、テコ入れするために、いくらか、用意しとくれよ」
金原は、わかっているとばかりに頷いて、
「それで、着物は用意出来たのか?」
櫻子の衣裳は、どうなったと、お浜に催促をいれた。
「はいはい、これこれ、見てくださいよ!」
後ろから、風呂敷包みを抱え込んだお玉が、ひょっこり現れる。
「あら!お玉ちゃん!とても、ハイカラだこと!」
「ああ、結局ね、お玉、いや、子供用の着物は、これで行くかと落ち着いたのさ」
帯揚げを帯の代わりにしていたお玉は、レース地を帯に見立てて、結んでいた。そして、着物の裾かは、チラチラと共布のレースが見えている。
「店にレース生地が、あったからね。帯代わりにしてみた。ついでだから、動いた時に、裾からレースが見えるように、縫い付けてみるかと、やってみたら、なかなか、ハイカラだろ?」
そして、と、お浜は言うと、お玉に、抱える風呂敷包みを、机に置くように指示をして、賑やかな笑みを金原へ向ける。
「櫻子ちゃんの、着物だよ。キヨシ、驚くんじゃないよ!」
言いながら、風呂敷包みを開けると……。
淡い桜色の着物が現れた。
「お浜、洋服生で仕立てろと言ったろう?」
「洋服生だよ!櫻子ちゃんだけに、桜色。ぱっと目は、無地の着物にみえるけど……」
折りたたんでいる、着物を広げると、刺繍が施されている。
が、何かが、異なる。刺繍部分は、キラキラと輝いて見えた。
「すーぱんこーる、とかなんとか、いう、キラキラするモノに、ビーズやら、もーる、とかいう太糸を、組み合わせてるんだよ。何でも、ドレスの飾りに、こうゆう手法を使うらしいよ」
お浜は、どこか鼻高々に言った。
そして、櫻子はというと、瞳を輝かせながら、ドレス式の刺繍に見いっている。
そんな嬉しそうな櫻子の様子に、金原は目を細め、
「よし!お浜、合格!上等だ!」
と、言い放った。
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