テラーノベル
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「ゴン」
「ゴン」
根の洞の洞窟内に、重い音が反響する。足音が、迫ってくる。
その音が止んだ。だが、しばらくして再び響く。
ヒロノゼウスがガイドスコープを暗視モードに切り替えた。
闇に染まる第七層。
鍾乳石にはコウモリが逆さにぶら下がっている。天井から樹根が抜け落ちた場所では、白く透けた甲殻を持つ小さな生物が、岩の隙間を這い回っていた。岩壁に刻まれた古代エルフ文字の刻印には、無数の小さな脚を持つ虫が群がり、文字の窪みを巣穴にしている。
ヒロノゼウスのガイドスコープ上にパラメーターが映し出される。
【瘴気反応 0%】
【第六結界膜 ノーマル】
しかし、どこを探しても、足音の主だけが見えない。
「ゴンゴンゴン!」
今度は、何かが走る音が響いた。
「何だ……?」
イザリオが振り向き、第六結界膜を見つめる。だが、結界膜の光が視界を遮り、その向こうを確認することができない。
その背後で、長く伸びた影が、ゆっくりと動いた。
「まさか、魔物が侵入してきたのでしょうか」
ルーネが不安そうにつぶやいた。
ヒロノゼウスは答えず、ガイドスコープの暗視モードを解除した。そして、サングラスモードへ切り替える。第六結界膜の奥を走査する。サングラスモードの視界に、岩陰から、二つの金色の双眼が浮かび上がった。
じっと、こちらを静かに見つめている。そして、その影がゆっくりと動いた。
視界に白磁の角が浮かび上がる。その下には、気高い毛並み。凛とした顔立ち。
そして、その首元で、エルフエナジー浄化首輪が、脈打つように静かに、しかし確かに光を放っていた。
「……神獣、クルサ・ガルヴァだ。間違いない」
ヒロノゼウスの声が、わずかに和らいだ。
「本当にクルサか?」 イザリオが問う。
「ええ、クルサで間違いありません」 ヒロノゼウスが断言した。
エルファーナが第六結界膜に駆け寄った。
「クルサ……クルサ……。こっちにおいで」
エルファーナは跪き、両手を広げ、優しい声色でクルサを呼んだ。
「クルクルクルクル」
クルサ・ガルヴァは、低く喉を鳴らした。
桜城
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#恋愛
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#ファンタジー
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まるで、昔から仕えてきた主を見つけたかのように、第六結界膜を越える。そして、その身体をエルファーナの腕に飛び込ませ、頬に顔を擦り付けた。
「クルクルクルクル」
エルファーナの腕の中で、クルサが嬉しそうに喉を鳴らした。
「外の瘴気、怖かったでしょ。もう、大丈夫だからね……」
「クルクルクルクル」
クルサは、もう一度、低く喉を鳴らす。
その音は、かつて赤黒い眼の核石に憑依されたときの咆哮ではなく、帰る場所を思い出した神獣の静かな声だった。
「……きっと」
ヒロノゼウスが、静かに言った。
「外よりも、この根の洞が安全だと判断して……ここへ戻ってきたのだろう」
『セブン、赤黒い竜はどうだ』
ヒロノゼウスが、セブンへ念波を送った。
『まだ西の塔跡で瘴気を吸い込んでいる。先ほどよりも、胴体が太く、長くなっているぞ。動く気配は、今のところない』
ヒロノゼウスは、ガイドスコープに地図を展開させた。
根の洞と西の塔跡との距離。
そして、赤黒い竜の推定速度。
到達予測時間を算出する。
(時間がないぞ)
「ロスク。今がチャンスだ。ヘリに救援要請を」
「承知した」
ロスクは衛星通信端末を展開し、待機している魔道ヘリへ連絡を入れた。
その時だった。
『ヒロノゼウス! 赤黒い竜が、動き出した!』
セブンの念波が、鋭く脳裏を貫く。
『マングローブの森を、風圧でなぎ倒しているぞ!』
『方向は――お前たちがいる洞窟だ!』
ヒロノゼウスが、ガイドスコープの表示を切り替える。
表示された距離が、急速に縮まっていく。
――3000m。
――2500m。
――1000m。
数字が、猛烈な速度で減っていく。
(まずい。想定外だ……)
ゴゴゴゴゴゴ……。
岩盤の割れるような音が響いた――その刹那、大地が震えた。
強烈な地響きとともに、洞窟の天井から岩屑が次々と落ちてくる。
「ヒロノゼウス!!」
イザリオが叫んだ。
「見ろ! 赤黒い竜が第六結界膜をやぶ――」
その瞬間。
イザリオの視界が、突然、暗転した。
最初に奪われたのは力だった。足が、動かない。指先に力を込めようとしても、力が入らない。重たい鉛が全身を襲っている感覚。声を出そうと口を開いたはずなのに、喉は、空気を震わせることすら拒んだ。
そして、灰色に染まった世界が、広がった。視界いっぱいに広がるのは、かつてのイーサム王国と帝国の戦場。だが、イザリオは知らない。この戦場を。この血と炎の光景を。なのに。まるで、自分自身がそこに立っているかのように、鮮明に見えていた。
視界の奥から、一頭の巨大な竜が姿を現した。その背に乗っているのは、軍師らしき男。男は剣を前方へ突き出した。
その瞬間、多種多様なモンスターが、一斉に咆哮を上げた。
獣型。
鳥型。
巨大な昆虫型。
異形の怪物たちが、戦場を埋め尽くしていく。
それに対峙するのはイーサム王国軍。戦車が大地を駆け、兵士たちが銃を構え銃声が響く。
銃弾とモンスターの攻撃が戦場のいたるところで激しく交わった。火花が散った。爆炎が上がる。その中心で、竜に乗った男が剣を振り上げた。
その横顔を見た瞬間、イザリオは息を呑んだ。リヴァンに似ている。顔立ちも。鋭い眼差しも。だが、どこか違う。リヴァンよりも険しい。その瞳には、戦場を生き抜いてきた者だけが持つ、冷たい光が宿っていた。その男こそ、レニオスだった。
そして、その直後。
戦場の中央に、巨大なエルフバリアが突如として出現した。
閃光が走る。
竜が咆哮した。
レニオスの身体が、竜とともにその光の中へ飲み込まれていく。炎が、すべてを焼き尽くした。
やがて炎が消えた。そこに残されていたのは焼け焦げた一本の剣。
それはレニオスが握っていた剣だった。
高貴な服を所々焼け焦がした少年が、火傷と怪我を負った母親の手を引きながら、霧の濃い山道を駆け上がっていた。
その先に古びた祠があった。崖のそばにひっそりと佇む、ラグラス・リムの祠。少年は祠へ駆け込むと、母親を木造の床に横たえた。
背後では、村が燃えている。炎の向こうから、泣き叫ぶ声や、崩れ落ちる家々の音が聞こえていた。
少年は祠から水を汲み、母親の唇へ運んだ。母親は弱々しく水を飲んだ。
やがて、母親はゆっくりと身体を起こした。そして、少年をそっと抱きしめた。少年もまた、母親の背中に手を回した。
しばらくして――
「母さん……?」
返事はない。少年の肩が震えた。何度も母親の名前を呼び、身体を揺すりながら嗚咽した。
イザリオは、その光景をただ見つめていた。
(なぜだ……なぜ、自分はこの光景を見せられている……)
その瞬間だった。
「なぜだ……」
少年の声が、震えた。
「なぜ……父さんも、母さんも……」
少年は、横たわる母親の身体に顔を埋めた。
「母さん……」
再び、嗚咽が漏れた。
しばらくして、少年は顔を上げた。こぼれた涙を、手の甲で拭う。
「くそっ……!」
その瞬間――
少年の眼が、赤黒く揺らいだ。
まるでイザリオを睨んでいるように。
いや。
違う。
赤黒い眼はイザリオを見ていた。
そう、イザリオが気づいた瞬間だった。無数の老若男女の声が押し寄せてきた。
「武器で脅して……人を殺して……何が楽しい!」
「王家の兄弟喧嘩に、俺たちを巻き込むな!」
「戦争のために、自然まで壊すのか!」
「俺の人生を返せ!」
「家族を返して!」
「帝国も同罪だ!」
「強欲な国め……!」
「子孫の代まで、呪ってやる……!」
怒り。
悲しみ。
憎しみ。
――そして。
獣の咆哮。
小動物や鳥や虫の悲痛な鳴き声。
草花や樹々の軋む音。
魔物たちの断末魔。
人間だけではない。この世界に生きるあらゆる命の声が重なっていく。それぞれの命から吐き出された感情が、一つの巨大な濁流となってイザリオの意識に押し寄せてきた。
「やめろ……」
叫びたかった。だが、声が出ない。
「頼むから……もう……やめてくれ……やめろ!!!」
その瞬間、巨大な赤黒い眼がイザリオの前で揺らいだ。まるで、歓喜するかのように。イザリオは言葉を失った。そして、脳裏に、突然、温かな光景が浮かんだ。
父、イーサム王。
母、エリシア・イーサム。
そして、妹のエルファーナ。
家族と共に過ごした穏やかな時間。笑い声。何気ない会話。そこへ、赤黒いものが滲み始めた。
「王家を恨め……」
「なぜ、お前たちだけが……」
「強欲な王家め……」
「俺たちの人生すべてを奪った……!」
「天罰を喰らえ!!」
それらの声はイザリオが大切にしていた思い出の中へ、鉄砲水のように入り込んでゆく。笑顔の父の顔が、赤黒く染まった。穏やかな母の声が、憎しみの声に塗り替えられる。
「やめろ……」
イザリオは叫びたかった。だが、声が出ない。楽しかった思い出が、一つ。また一つ。赤黒い色に塗り潰されていった。
最後に浮かんだ、エルファーナの笑顔と優しい声も赤黒い色に、塗り潰されていった。
(ここまで、か…… エル……ファナ……)
(体が、熱い……熱い)
内側から焼けるように熱い。自分の身体が、自分のものではなくなっていく。そして、イザリオの意識が深く闇に沈んでいった。
その闇の底に、ひとすじの光が静かに差し込んだ。その光の中心に、クルサ・ガルヴァがいた。
四肢を折り、大地に身を伏せている。
そして、静かに頭を垂れた。
白磁の角が、淡く金色の光を帯び始める。呼吸に合わせるように、その光が、ゆっくりと明滅していた。鍾乳石にぶら下がっていたコウモリが、一斉に顔を上げる。
岩の隙間を這っていた白い甲殻の生物も、動きを止めた。
古代エルフ文字の窪みに群がっていた虫たちも、ざわめくように這い始める。
長い眠りについていた古代エルフ文字に、静かに金色の光が灯った。
岩壁に刻まれた文字が、一文字、また一文字と、金色に輝きながら浮かび上がってゆく。
クルサ・ガルヴァはただ静かに祈り続けていた。
その祈りに呼応するように、白磁の角が、次第に強く輝いていく。
やがて、白磁の角から放たれた金色の光が、岩壁の古代エルフ文字へとゆっくり染み込んでいった。まるで水紋が広がるように、クルサの祈りの光が、地中へと広がっていく。
その瞬間――
第七層結界膜が、淡い金色の輝きを帯びて浮かび上がった。
そして――
祈りの光が、第六層へと走った。裂けた結界膜に金色の光の糸が伸びていく。
一本。
また一本。
無数の光の糸が、裂け目を縫うように走っていく。
やがて、破れていた第六層結界膜がゆっくりと繋がった。失われていた紋様の光が再び戻っていく。
祈りの光はさらに、第五、四、三、二、一層の破壊されていた、結界膜に届き、次々と金色の紋様が戻った。
そして、七つすべての結界膜が一斉に同時に強い光を放つ。洞窟そのものが、昼間のような光に包まれた。コウモリが羽を広げ、一斉に根の洞から飛び立った。
そして、七層すべての結界膜紋様が崩れ、無数の光が集まり、巨大な金色の網へと姿を変える。
その網が蠢く赤黒い竜の身体を一瞬にして包み込んだ。
赤黒い竜の動きが完全に封じられた。
次の瞬間――
無数の光の剣が生まれ、
赤黒い竜へ向かって、一斉に走った。
赤黒い竜が、咆哮した。
「グオオオオオオオオオオッ!!」
赤黒い身体を、
金色の剣が何本も貫いていく。
身に纏った黒い瘴気が焦げる。
鱗が崩れる。そして、赤黒い核石が、むき出しになった。
核石は激しく脈動した。だが、逃げ場はなかった。
最後の光の剣が、一直線に核石へ向かって走る。
ズンッ。
光の剣が赤黒い核石を貫いた。
その瞬間――
核石に無数の亀裂が走った。赤黒い光が一瞬だけ激しく明滅する。ガラスが割れる様な音を立てた。
同時に赤黒い竜の身体が 金色の網に絡め取られたまま、光の粒となって崩れていく。
やがて、赤黒い竜の姿は、跡形もなく消えた。残されたのは根の洞に流れる水音だけだった。
そして、金色の光は、竜を消し去るだけでは終わらなかった。
無数の光の粒が洞窟内に静かに降り注いでいく。金色の光が、倒れていたイザリオの身体を優しく包み込んだ。赤くただれた火傷がゆっくりと癒えてゆく。
苦痛に歪んでいた表情も、次第に柔らかくなっていった。やがて、そこにあったのは、普段と変わらない穏やかな寝顔だった。
ルーネも。
ロスクも。
ヒロノゼウスも。
エルファーナも。
金色の光に包まれていた。
クルサ・ガルヴァはただ静かに、その光景を見つめていた。
コメント
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あ、もうもうもう……! 第53話、読み終わりました……! 😭💫 まず、クルサ・ガルヴァが再び現れたシーンで胸が熱くなりました。「帰る場所を思い出した神獣の静かな声」――この一文がもう……! 実際の描写も、金色の光が第七層から順に結界膜を繋いでいく様子が映像として浮かぶようで、幻想的で美しかったです。そしてイザリオが見せられた過去の記憶……あの赤黒い眼に家族の思い出までも塗り潰されていく絶望感が、本当に生々しくて苦しかった。でも最後、クルサの祈りでみんなが金色の光に包まれるシーンには、救われた気持ちになりました。 絶望の先にある希望を、こんなに丁寧に描けるのは星崎さんしかいないなあって改めて思いました。本当に素敵なエピソードをありがとうございます🌷