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桜城
308
#恋愛
ばたっちゅ
20,038
#ファンタジー
comi
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イザリオの瞼が、ぱっと開いた。
最初に目に入ったのは、岩壁だった。淡い金色の光が岩肌を静かに照らしている。その光を受けて、岩壁に刻まれた古代エルフ文字がぼんやりと浮かび上がっていた。
天井から、水滴が一滴。また一滴と、静かにしたたり落ちていた。背中には硬く冷たい岩の感触。頬には、地下の湿った空気が触れていた。
かすかに漂う、土と苔の匂いがした。そして、空気が澄んでいた。その感覚はひどく懐かしかった。イザリオはゆっくりと身体を起こした。
いつのまにか、服は破れ、ところどころ焦げていた。
周囲の岩肌には、赤黒い龍が攻めてきた痕跡が残っている。砕けた岩。焼け焦げた跡。ただ、破れた衣服の隙間から覗く皮膚は、火傷を負ったかのように赤く火照っていた。
「エルファーナ……」
妹の姿を探す。
金色の光の中で、エルファーナが静かに横たわっていた。
「エルファーナ……起きてくれ」
イザリオは妹の傍へ駆け寄った。
肩に手を置き、そっと身体を揺する。
すると、エルファーナの瞼がゆっくりと開いた。
「お兄様……」
かすかな声。イザリオは息を呑んだ。
エルファーナの瞳から涙がこぼれた。
「夢の中で……」
声が震える。
「お城に魔物が攻めてきて……お父様、お母様、お兄様が赤黒い竜に殺されてしまって……。誰一人いないお城の中を、ずっと、ひとりで逃げていたの……」
「私……泣きました……。怖くて……ずっと泣いていました……」
エルファーナは、震える唇を噛んだ。
「そしたら……牙を剥いた赤黒い竜が、私を襲ってきて……。 身体が焼けるように熱くなって……」
「全部が……赤黒い色に染まって……」
そこで言葉が途切れた。
「怖かった……」
エルファーナの肩が震える。
「本当に……怖かったです……」
「怖かったな……。よく頑張った」
そう言って、イザリオは泣いている妹を静かに抱き寄せた。
エルファーナは、兄の温かなぬくもりに触れた。もう、流れる涙を止めることができなかった。その二人を見守るかのように、根の洞を漂う金色の光の粒が静かに輝いていた。そして二人を優しく包み込んでいた。
その光に包まれていたのは、 二人だけではなかった。ロスク、ルーネ、ヒロノゼウスも 誰もが、死の淵から金色の光に救われていた。
しばらくたち、エルファーナは落ち着きを取り戻した。涙を拭き語り始めた。
「赤黒い闇の中に、クルサがいたの。クルサは、頭を下げて祈っていたの。私が『クルサ』って声をかけると、光を放ちながら、私のところにすり寄ってきたわ。そしたら、お兄様の声がしたの」
「俺の声?」
イザリオが静かに言った。
「ふりむいたら……お父様も、お母様もいて……」
エルファーナの声が、少しずつ明るくなる。
「お城の中庭で、みんな笑っていました……」
「私、驚いたの。魔物に襲われたのに……みんな、生きているって」
エルファーナは、涙の跡が残る頬をそっとぬぐった。
「それで……私、走り出しました」
「そしたら、また……お兄様が私の名前を呼ぶ声がして、目が覚めました」
「そうだったのか。僕も……同じだった」
エルファーナが顔を上げる。
「僕は戦場に立っていた……。父上から聞いた、モンスター大戦の戦場だ……」
イザリオは、あの光景を思い出すように目を伏せた。
「母親を失った子供が、祠の前に立っていた。その少年の瞳が、赤黒く揺らいで……」
イザリオの声が、わずかに震える。
「その瞬間、王家への憎しみの声が、頭の中を叩き始めたんだ」
エルファーナは、黙って兄の話を聞いていた。
「家族と過ごした楽しい思い出が浮かんできて……一度は、楽になったと思った。でも……また、あの声が響いてきた。苦しかった」
イザリオは胸元に手を当てた。
「そして……身体が熱くなった。身体の中まで焼かれるようだった」
「目の前も、全部……赤黒くなった。もう、死ぬと思った……」
イザリオは一度、息を整えた。
「そのとき……眩しい光が差したんだ。光の中に……クルサがいた」
イザリオの声が和らいだ。
「そしたら……家族と西の島の浜で海水浴をした、楽しい思い出が蘇ったんだ」
イザリオは、微かに笑った。
「身体も、いつの間にか熱くなくなっていた。あの声も……まったく聞こえなくなった」
「気がついたら、僕はエルファーナとハンモックで読書をしていた」
エルファーナの表情が、少しだけ和らいだ。
「そのまま、うとうとして……夢の中で眠ってしまったんだ」
「夢の中で……?」
「ああ。そしたら、ラッセルと武術の稽古をしていた。それから……西の島でクルサと戦っていた」
イザリオの表情が再び険しくなる。
「そこへ……赤黒い竜が現れた」
エルファーナが小さく息を呑む。
「そこで、はっとして目が覚めたんだ」
「……お兄様も? 夢は違えど、身体が熱くなったり……夢にクルサが出てきたの?」
エルファーナが恐る恐る尋ねた。
「ああ」
イザリオは静かに頷き、周囲を見渡した。
「クルクルクル……」
そのとき、クルサの鳴き声が響いた。
イザリオは静かに頷き、周囲を見渡した。
「クルクルクル……」
そのとき、クルサの鳴き声が響いた。二人は、声のした方向へ目を向ける。
そこでは、クルサが静かに身を起こしていた。白磁の角の光は、すでに淡く、元の静けさを取り戻している。
凛とした顔。
金色の双眼が、二人を静かに見つめていた。その姿を見つめているうちに、二人の胸に、不思議な安心感が広がっていく。まるで――「もう、大丈夫」そう、クルサが語りかけているようだった。
「クルサ・ガルヴァが、私たちを助けてくれたのだろう」
ヒロノゼウスの声がした。
「イザリオ様、エルファーナ様のお話をお聞きしておりました。お二人に共通しているのは、悪夢の中にクルサ・ガルヴァが現れたという点です」
ヒロノゼウスは、静かに周囲を見渡した。
「私も悪夢を見ました。そして……身体が内側から焼けるように熱くなった」
自分の腕を見つめる。
「細胞内で活動エネルギーを産生しているミトコンドリアが、異常な代謝状態に陥ったような感覚でした。もちろん、実際にミトコンドリアが熱暴走したと断定することはできません。しかし、体内で何らかの異常が起きていた可能性はあります」
「はい。私も悪夢を見ました」
ロスクが頷いた。
「ヒロノゼウスの言う通りの経過をたどりました」
「私もです」
ルーネが震えながら振り返った。
「悪夢の中で、身体が動かなくなりました。そして、赤黒い竜に襲われて……身体が焼けるように熱くなったんです」
ヒロノゼウスは、しばらく黙って四人の顔を確かめた。
「ここまで一致するなら、悪夢を単なる夢として片づけることはできない」
静かな声だった。
「身体が熱くなったことも、赤黒い竜の攻撃によるものと考えるのが自然です」
ヒロノゼウスは、周囲を見渡した。
「我々の衣類は、ところどころ焦げている。皮膚にも、熱傷の痕跡が残っている。そして、ガイドスコープに記録された赤黒い竜の能力――睡眠麻痺、意識浸潤、体細胞破壊」
一つずつ、事実を確認するように言葉を重ねる。
「我々は、意識を奪われた状態で、赤黒い竜の攻撃を受けていた可能性が高い」
「なるほど……そういうことでしたか」
ルーネは、岩壁から降り注ぐ金色の輝きを見つめた。
しばらく考えたあと、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「古い神話では……島に厄災が訪れたとき、神獣が島の洞で祈りを捧げると、光が溢れ、厄災が清められる――そんな言い伝えがあります。もし、それが今回の現象と関係しているのなら……」
ルーネは、クルサへ視線を向けた。
一同の視線が、クルサへ集まった。
「瘴気に憑依されたクルサが、我々を襲ったことも……」
ロスクが言葉を継いだ。
「クルサを倒したあとも、その身体が完全には消滅せず、元の神獣の姿に戻ったことも……」
ロスクの声が、次第に大きくなる。
「赤黒い竜の核石に宿っていたものより、クルサ自身の意志のほうが強かった。そう考えれば、説明できるんじゃないか?」
ヒロノゼウスは、しばらく黙っていた。
「……確かに」
小さく呟き、頷く。
「クルサ・ガルヴァを倒したはずなのに、最後に傷ついたクルサ・ガルヴァが現れた。あの現象は不可思議だった。しかし、ロスクの仮説なら、一つの説明にはなる」
ルーネが静かに続けた。
「ロスクの言う通りかもしれない」
ルーネは、クルサを見つめた。
「クルサは一度、瘴気に憑依されて闇に触れた。それでも、完全には闇に染まらなかった」
白磁の角が、かすかに光を反射する。
「神獣としての在るべき姿――島を護り、命を護るという使命を、忘れなかった」
「だから……結界膜に完全な力が戻ったのか?」
イザリオが呟いた。
「はい、イザリオ様の仰るとおりだと思います」
ルーネが頷いた。
「クルサを、“鍵”としてか……」
イザリオが再び呟いた。
ヒロノゼウスは、金色の光の粒子を黙って見つめた。
「理屈は、まだ整理できない。最後の第七層結界膜は、護符のような物理的な力だけで起動する結界ではなかった。だが、第七層がクルサに応答したことは事実だ」
ヒロノゼウスは、クルサへ視線を向ける。
「そして、その中心にいたのが……クルサだった」
それだけを告げると、ヒロノゼウスはそれ以上の分析を口にしなかった。
エルファーナは、クルサへと駆け寄った。膝を折り、クルサに頬を寄せるようにして、その身体を、そっと抱きしめた。
「私たちを助けてくれて、ありがとう」
エルファーナは、クルサの身体を優しく撫でた。
「瘴気……怖かったよね。本当に辛かったよね。それでも、役目を忘れずに生きてくれて、ありがとう」
クルサは、神獣らしい凛とした表情でエルファーナを見つめていた。そして、白磁の角が、もう一度だけ淡く光を帯びた。それは、誇示でも、主張でもない。ただ、”分かっているよ。こちらこそ、ありがとう”そう伝えるような、静かな応えだった。
そのときだった。ヒロノゼウスの脳裏へセブンからの念波が届いた。
『西の塔の跡地だが、赤黒い霧がかなり薄くなっている。火口付近で、今も小さく渦巻いているようだ』
セブンの脚に装着された高感度センサーから、観測データが送られてくる。
ヒロノゼウスは、送られてきた数値に目を通した。
「瘴気反応は低い。だが……火口付近では、赤黒い霧が小規模ながら、なお活動している」
ヒロノゼウスは、数値をもう一度確認した。
「この状態が続くとは考えにくい。島の安定は……一時的なものだとみるべきだ」
ヒロノゼウスは顔を上げた。
「セブンからの報告だ」
一同の視線が、ヒロノゼウスへ集まる。
「瘴気の反応は弱まっている。だが、長居は危険だ」
イザリオに迷いはなかった。
「直ちに脱出するぞ。ロスク、魔道ヘリに連絡を」
イザリオが指示を出した。
「承知いたしました」
ロスクは無線機を取り出すと、すぐにパイロットへ連絡を入れた。
「こちら、ロスク。魔道ヘリ、応答せよ」
しばらくして――
『こちら魔道ヘリ。ロスク様、ご無事でいらっしゃいましたか。よかった』
無線機から、パイロットの安堵した声が返ってきた。
「瘴気レベルも低い。これより、我々はヘリポートへ向かう」
『承知いたしました。計器類も、すべて正常に作動しています。こちらも直ちに向かいます』
「頼んだぞ」
『はい』
無線機の奥から、風を切るローター音が聞こえていた。 ロスクは無線を切り、静かに頷いた。
「行こう」
イザリオが、静かに言った。
その声に、クルサが顔を上げた。
エルファーナは、クルサへ手を差し伸べた。
「クルサも、一緒に行きましょう」
クルサは、しばらくエルファーナの手を見つめていた。
そして、一度だけ、根の洞の奥を振り返る。長い眠りから目覚め、瘴気に侵されながらも、最後まで島を守り続けた場所。クルサは、静かにその場所を見つめていた。
やがて、エルファーナへ向き直った。そして、その小さな身体を寄せるようにして、彼女の傍へ歩み出した。エルファーナは、クルサをそっと抱き上げる。その顔に微笑みが浮かんだ。
「一緒に来てくれるのね。ありがとう、クルサ」
金色の光の粒子が降り注ぐ中、一行は根の洞の出口へと歩み出した。
根の洞を抜けた瞬間。東の海原、その地平線から、太陽が半身を覗かせた。空はやわらかな橙色に染まり、島の小鳥たちが、まるで何事もなかったかのように、さえずりを取り戻している。花の香りを含んだ島風が頬を撫でた。
西のバリア塔。その山頂だけが深く抉れ、火山の火口のような窪みを残していた。それでも、それ以外の場所は、かつての静かな島へと、少しずつ戻り始めているように見えた。
一行は裏山を下り、ヘリポートへ到着した。
魔道ヘリがゆっくりと高度を下げていく。ローターが風を巻き起こし、朝の島風が大きく揺れた。イザリオは、眼下に広がる森と、西のバリア塔の跡地を見つめた。
(必ず、この島を復興させる。かつての姿を必ず取り戻す)
その言葉を、イザリオは強く胸に刻んだ。
隣ではクルサが静かに島を見つめていた。その瞳に揺るぎない光が宿っている。
この島を――もう一度護る。まるでそう誓うかのように。
魔道ヘリは唸りを上げ飛行を始めた。その後を追うように、セブンが翼を広げる。昇り始めた朝日がセブンの身体を金色に照らしていた。やがて、魔道ヘリとセブンの姿は、朝焼けの空へと溶け込んでいった。
コメント
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もう、この回は朝っぱらから泣かせに来てるだろ……! エルファーナが夢の中で見た悪夢、あの震えながら「怖かった」って言うシーンがリアルすぎて胸が締め付けられたよ。でもそこでイザリオが「怖かったな。よく頑張った」って抱きしめるのが、もう兄としての器がデカすぎる。ここまでの積み重ねがあるからこその温かさが刺さる。 クルサが最後まで島を護る使命を忘れなかったってところもグッときたな。瘴気に憑依されても、ちゃんと神獣のまま帰ってきてくれたのが本当に良かった。朝焼けの描写と重なって、全部が報われた感じがしたわ。 次、あの火口の赤黒い霧はまだ油断できないよな…この島の復興、ちゃんと見届けたい🔥