そんな話は聞いたことなかった。ゲーム内で語られていたのかと思ったが、記憶にない。いや、私がリースルートばかりプレイしてブライトのストーリーを読み飛ばしてしまったからかも知れないが。
しかしまあ、もし彼のいっていることが本当だとするなら、彼が弟に対して異常なまで過保護になる事が理解できる気がした。
「病気…ですか?どんな?」
「……それは。それは、触れたところから腐る病気です。あのまま、聖女様があの子の手に触れていたらもしかすると腕が腐って落ちたかも知れません」
「ひぎぃッ!?」
ブライトの言葉に私は変な声を出してしまった。
ブライトは奇妙なものを見るかのような目で私を見ていた為、私は慌てて咳払いをする。リュシオルにも奇声発しちゃダメだと強く言われていたがつい癖で……
それにしても、ブライトの言う弟の病気はかなり重いもののように聞こえる。
触ったところから腐る……そんな病気は私が生きていた世界にはなかった。ということは此の世界にしか存在しない病気なのだろうか。どちらにせよ、そんな危ない病気にかかっていたなんて。
「その、アンタは大丈夫なの?」
「ええ、僕は一応……その病気専用の魔法を自分にかけているので」
「回復魔法以外なら自分にかけれるんですか?」
「防御魔法の類いは……その、聖女様ですよね?」
「え、うん。はい」
私はブライトの質問に戸惑いつつも返事をした。
ブライトは疑うような目で私を見つめてきた。それは、先ほど向けられた貴族達のような。また、あの目だ。
「その、私ってそんなに聖女に見えないですか?」
私は自分の容姿を改めて確認し、彼に問いかけた。
髪色と目。それは、此の世界の伝説、物語に載っている聖女とは真逆の物である。皆の思い描いている聖女とは全く違うのだ。私、エトワールは。
ブライトは何て切り出したら良いか分からないといった表情をしていた。やっぱり彼も、まだ私が聖女だと思ってくれていないんだ。
「髪色と目の色ってそんなに重要なことなの?」
「……伝説の聖女とは、過去召喚された聖女は皆黄金の髪に真っ白な瞳を持っていたとされています。ですので、正直まだ信じ切れていないというか。勿論、召喚されたと言うことは聖女様は、女神の化身……聖女で間違いないと思うのですが」
私は、ブライトの言っていることに納得できなかった。
必ずしも、聖女がその色だとは限らないだろうと思ったからだ。聖女だって個性はあるし、肌の色も髪色も目の色だって違うことだってあるはずだ。
毎回そんなおなじ色の聖女が召喚されるのだろうか。確かにヒロインはその色だったが。
だけど、私だって召喚されたんだもの。
「聖女は、女神が人界に降りてきた姿だと言われています。女神は、人界では実態を持てないので弱体化し人間の姿に……聖女となってこの世に召喚されるのです」
女神は人の形をして降りてくるってか。
それが、此の世界で言う召喚。聖女とは女神が人間の姿となったもの。
災厄を打ち返した後消滅するというのは、天界へ還るという意味だったのかと私は一人納得していた。
しかし、召喚した。という事実がある以上髪と目の色が違っても私は聖女で女神の化身である。色が違うだけで、聖女じゃないと疑うなんて、この世界の住民はどうかしている。
召喚士や白のメイド達は信じてくれたのに。
(ああ……だから、エトワールは…、聖女として認められず心を病んでいったのか)
エトワールだって最初から悪女だったわけじゃないだろう。
聖女として召喚されたからには、役目を果たそうと。しかし、この国の人達は皆彼女を聖女としてみていなかった。神と目の色が違ったから。
そうして、ヒロインが召喚され真の聖女が現われたことにより偽りの聖女のレッテルを貼られ、堕ちていった。
(聖女として認められたくて、わざと目立つまねをしていただけかも知れない……本当のところは分からないけど)
ただ、もしエトワールが聖女として認められたいが為にわざと事を大きくしていたとするのなら、彼女の心を壊したのはこの世界の住民だ。
そんな人達に負けてなるものか。
『オタクって気持ち悪いよね。何か早口だし』
『かと思ったら、こっちから話しかけたら目を見て話してくれないしさ。感じ悪いよね』
『なのに、テストの成績よくてさぁ。カンニングしてるんじゃない?』
『わかる。いつも九十点越えだもん。可笑しいでしょ』
私は目を閉じ、拳を握った。瞼の裏で蘇る痛い悲しい記憶を。
―――けどもう、過去の私じゃない。
「髪色も、目の色も私にとってはどうでもいいこと。アンタが私を聖女だって思わなくたって別に良い。ただ、そうやって差別するのはやめて欲しい。信じるか信じないかはアンタ次第だけど」
私はブライトにはっきりと言った。彼は、自分の発言が私を傷つけたと悟りバッと顔を上げた。
アメジストの瞳は大きく揺れ、他の何にも目移りせず、しっかりと私をうつしていた。
彼の頭上の好感度はピコンと音を立てて上昇したが、私はそんなことどうでもよかった。
疑われること、偽物扱いされることそれがどれだけ心に傷を付けたか付けた相手には分からないだろうから。
「兎に角、弟さんに怪我がなくてよかったです。それでは、私はこれで」
「待って下さい。聖女様」
「……まだ何か? これ以上アンタと話すことはないし、アンタもまた口を開けば何か私に余計なこと言っちゃうんじゃないの?」
私はたっぷりと皮肉を込めていってやった。
これで好感度が下がろうがどうでもいい。しかし、以外にもブライトの好感度は下がらなかった。それどころか、私に待ってと言わんばかりに私を見つめてくる。
見つめられるのも好きじゃない。
「名前を教えて下さい」
「何で?」
「貴方は、聖女様と呼ばれるのが慣れていないように見えましたから」
と、ブライトは言うと軽く頭を下げた。
冷静さを失っていたせいもあり、聖女と疑わしいから聖女とは呼びたくないという風に聞こえてしまったが、ブライトの顔を見るとどうやらそうじゃないらしい。
自分でも知らず知らずのうちに頭に血が上っていた。ここで、拗ねて暴言を吐いたところで何も変わらないのに。印象が悪くなるばかりだし。
私はため息をついた後、ブライトをもう一度しっかり見た。
リュシオルの言うとおり顔は良いし、私を疑っているという事実さえ含めなければ礼儀もあるし、他の人よりも親切に思えた。殺される心配はないだろう。
グランツの時は木剣に当たって死にそうだったから、彼の近くにいると怪我をするかも知れないが。
私はもう一度息を吐いてから、今の私の名前を口にした。
「エトワール。エトワール・ヴィアラッテア」
「エトワール様ですね。名前の通り、星のように美しく輝いています」
そう、私の名前を口にして安心したような笑みを浮べた。
エトワールと言う名前にはそんな意味があるのかと、私は感心していた。
しかし、きっと私よりヒロインの方が星のように輝いていて消えてしまいそうなほど儚い美しさを兼ね備えた女性だろうと思った。
リース以外の攻略キャラの隣に並んだとき、彼女の美しさはよりいっそ輝いていたから。
「どうか、気を悪くなさらないで下さい……災厄が近づき、皆心に余裕がないのです。僕も例外なく」
「……それは」
「勿論、そんなことは理由になりませんが。僕は聖女という存在を大きく誤解していたのかも知れません」
ブライトはそう言うと、自分の手のひらを見た。
災厄とは、人の心を蝕み疑心暗鬼にもさせる。それは、善の心を持つ光魔法の魔道士であってもだ。
人の心が弱っているところにつけ込むとは、やはり災厄とは恐ろしい物なのだろう。
「誤解…って、何を?」
「僕の血筋は代々聖女様にまつわる書物などを守り現在まで伝えてきました。なので、僕も初めは聖女とは女神の化身で負の感情を持たない聖なる存在とばかり思っていました。しかし、今日……いいえ、この間エトワール様と出会ってから今日貴方が聖女だと皇太子殿下の口から聞いて確信したんです」
と、ブライトは口にした。
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