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俺は伊織の肩に、そっと手を置く。そして読めない文字で書かれた本を伊織から取り上げ、机の上に置く。
セージによると、この世界は種族によって言語が違うらしい。俺たちがもともといた世界も、様々な言語があったため「どこの世界も一緒なんだなー」とそこは何となくで納得した。
そこで俺たちは少しでも情報を得ようと、セージに相談すると、持っていた本を貸してくれたのだ。セージいわく、この本には様々な種族の言語が軽く書かれていると言うのだが……見事に一つとして読めなかった。
せめて俺たちの世界とこの世界の複数の言語で、なにかしら共通はないかと思い、見ていたのだ。
が、博識で勉強熱心な伊織の知識欲に、火が着いてしまったのだろうか。
そうして、伊織は数時間。ずっとこの本と、無言でにらめっこし始めたのだ。
俺や妹程では無いにしても、伊織も夢中になるとつい徹夜をしてしまうのだ。
伊織が小学校高学年くらいだったか……伊織が泊まりに来た時の話だ。食事や睡眠を忘れてしまうほど、見るからになにか難しそうな本を夢中で読んでいた時は、さすがの俺も心配になった。
だからその時は妹を使って、強制的に伊織の意識を引き戻したのだった。
一体、どういった方法を行なったのか……それは伊織のプライバシーのため、俺の口からは言えない。知りたかったら、伊織から聞くといい。絶対に答えてはくれないだろうが。
……と、まぁ。このままでは、徹夜してでも解読を試みそうだったのだ。だからこそ俺は、こうして本を取り上げたのである。
本を取り上げられた伊織はというと……一瞬、おもちゃを取り上げられた子どものようにしょんぼりとした。だが俺の心配を察してか、素直に従う。ここがうちの妹様との、大きな違いだ。手のかからない幼なじみ……素晴らしい!
「……そうですね、色々なことがありましたし……。今日は休みましょう」
伊織は頷きながら立ち上がると、ベッドへと視線を向ける。そして眉間に寄った深いシワを掴みながら「しかし、ヤヒロさん……」と、呆れ混じりに三つ並んだベッドの真ん中を見た。
「神崎家の教育方針について、外部の私がとやかく言うつもりはありませんが……。これは、何とかならないんですか?」
「スマン。俺も流石にこれからの事を考えると、色々と心配にはなってくるんだが……」
俺は額に手を当てながら、本日何度目かの大きなため息をつく。
「……なんせ、当の本人が全くもって自覚がないからなぁ」
俺達の視線の先……。そこには猫のように丸まって眠る、我が妹様の姿があった。
スヤスヤと規則的な寝息を立て……まぁなんとも気持ち良さそうだこと。たたき起こして、説教をしたいのは山々だが……こうも気持ちよさそうに寝られると、さすがの俺もたたき起こせん。
「どうかヒナに女性としての意識と、せめて危機感を持たせてください……っ!!」
「精進します……」
真っ赤になった顔を手で覆って隠す伊織に、申し訳ない気持ちになりながらそう答える。俺は妹に、毛布の替わりの布をかけてやる。
伊織と色々と話し合った結果。
出入口の扉側に俺、真ん中に妹。そして窓側に伊織と言うことで、ベッドの場所は決まった。
「イオ、灯り消すぞ?」
「はい」
伊織がベッドに入るのを確認すると、俺は軽く息を吹きかけて灯りを消す。
この世界、本当にファンタジーな異世界のようで。
『発光石』という、軽く叩くと蝋燭の灯りのようにほんのりと温かく光る石が存在する。なんでも、夜や暗闇で行動する際に大変重宝されているのだとか。いわゆる、生活必需品らしい。
元々が消耗品らしく、この石は叩く力や石の大きさで灯りの明るさが変わる。が、明るければ明るいほど、その分消耗も激しいらしい。
暗くなった部屋を、俺は手探りでベッドへと向かう。ベッドにたどり着くと、俺はすぐに横になって布を被る。
すると緊張の糸が切れたように強い眠気に襲われ、体や瞼が一気に重くなった。
(今日は本当に色々あったな……)
俺はウトウトとしながら、今日一日のことを思い返す。
謎の少女Aに渡された箱。突然現れた魔法陣に、この世界。言葉は通じるのに、全く読めない文字。普通の人間や、白亜の民。……まだまだ、分からないことがたくさんだ。
知らなければ、この世界のことを。
元の世界に戻るまで、この世界で生きていくために。
「そう言えば……セージの手紙の件。森から出るのに必死で、ちょっと忘れかけてたな……。明日、起きたら手伝わないと……」
……などと考えながらも、眠気もあって上手く思考が回らない。
眠気に負けた重い瞼を閉じた時、ふと頭をよぎったのは元の世界の、家の……ここに来る前に、頭の中に流れてきた悲しげな少女の横顔だった。
(あの子は一体、誰なのだろうか……)
あの子を、どこかで見たことがある気がする。が、どうしてだか思い出せない。
――――――――――勇者も異世界民も、この世界の人間も……皆大っ嫌いだ!!――――――――――