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#普通
野々さくら
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ありあ
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次に、ふたつ目のルール。
それは
「霊に対して『悪霊』と言わない」
これは、作品の中で『悪霊』という言葉を一切使わない、という意味ではありません。
怪異探求倶楽部に登場する霊には
佐藤佳苗、春日井千歳、おじろくおばさ
姫百合沙月、西鉄雄、佐敷千秋、高館有栖
そして、猫の霊や新開村の村民たちなどがいます。
彼らの多くは、生前に壮絶な経験をしています。
餓死、自殺に見せかけた殺人、自殺の強要
奴隷として生きる事の強制などなど。
生前に理不尽な目に遭い、その末に命を落とした者たちです。
だからこそ、たとえ人を襲う霊であったとしても、物語を紐解いていくと、
「この霊は、もともと加害者だった
訳じゃなくて、むしろ被害者だったんだ」
ということがほとんどです。
もちろん、霊や怪異について調べている推理パートでは
「もしかしたら、とんでもない悪霊の仕業かもしれない」
という形で『悪霊』という言葉が出てくることはあります。
ただ、それはあくまで、その時点での『予測』です。
その霊が生前どんな経験をしたのか。
なぜ死んだのか。
なぜ今もこの場所に留まっているのか。
それを知ったあとでは
その霊に向かって「お前は悪霊だ!」
とは言えないんです。だって、被害者な訳ですからね。
僕がこのルールに込めたかったのは、
『レッテルで見ない』
『ラベルで見ない』
ということでした。
そして、それは霊だけに限った話ではありません。
例えば、毎日のように顔に傷を作っている、金髪でピアスを開けている、一見するとヤンキーのような高校生がいたとしますよね。
おそらく、多くの人は、
「どうせ誰かと喧嘩したんだろ?」
と思うかもしれません。
でも、ちゃんと話を聞いてみたら、その傷は、父親から虐待を受けている妹を守るために、自分が代わりに殴られてできたものだった。
そう分かったとしたら、その子を
『ヤンキー』や『落ちこぼれ』と呼ぶでしょうか。
僕なら、そうは思いません。
むしろ「妹想いの兄なんだな、立派だよ」と思います。
同じ人物でも、表面だけを見ていたときと、その人の事情を知ったあとでは、見え方がまったく変わる。
つまり、外面だけを見ているだけでは、本質は分からないということです。
それは人間も、霊も同じなんです。
だから怪異探求倶楽部では、霊を最初から外面だけで、霊を知った様な口ぶりで『悪霊』と決めつけない。
怖いから、襲ってくるから、祟ってくるからといって
「こいつは悪霊だ」と簡単に片づけない。
まず、その霊が何者なのか。
なぜこうなったのか。
生前に何があったのか。
そこまで知ろうとする。
そして、その背景を知ったうえで向き合う。
それが怪異探求倶楽部という作品です。
「人を、そして怪異や霊を、ラベルだけで判断してはいけない」
その気持ちを込めて「霊を悪霊と呼ばない」
このルールは、僕にとって絶対に譲れないものでした。
これは単なる作品上のルールではありません。
怪異探求倶楽部を書くうえでの、僕自身の矜持です。
コメント
1件
×××さん、あとがき拝見しました。「霊を悪霊と呼ばない」というルール、本当に素敵だなと思いました。表面だけで判断せず、背景や事情を知ろうとする姿勢がこの作品全体に流れているから、読んでいてどの霊にも「なるほど、そういうことか」と納得できるんですよね。ラベルで見ないという矜持、めちゃくちゃ響きました。321話も楽しみにしてます!