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第7話:操作士ルフォの迷い
朝の都市は、枝のあいだから光を受け、静かに目覚めていく。
中層にある命令調整層では、詠唱士と操作士の卵たちが、今日も訓練を始めていた。
その中に、1羽だけ、羽の動きがどこか鈍い個体がいた。
ルフォ。
柔らかな金色の羽根に、尾羽の先だけが焦げ茶に染まった操作士見習い。
彼の歌は美しく、操作制度も安定していると評価されていた。
それでも今、彼の歌はどこか不安定で、**“枝が正確に反応しない”**という事態が続いていた。
「ルフォ、コードが乱れてるぞ。強度が足りん」
訓練士が鋭く指摘する。
ルフォは小さく返事をし、再び息を吸い込んで、命令歌の旋律を紡ごうとした。
だが、喉の奥でふと、**昨日の“命令しない棲家”**が思い浮かぶ。
──命令なしで、枝は動いた。
──歌がなくても、棲家は形成された。
彼の中で、これまでの信念に綻びが生まれ始めていた。
訓練後、ルフォは高層の外枝に飛んだ。
誰もいない静かな枝の上に降りると、金色の羽を風に揺らし、ゆっくりとしゃがみ込んだ。
そこへやってきたのは、シエナ。
ミント色の羽に透明な尾羽。
今日は陽の角度のせいか、羽先が淡い白緑に透けて見える。
ルフォは顔を上げ、ぽつりと呟いた。
「なぁ……俺の歌って、なんなんだろうな」
シエナは首をかしげる。
その仕草だけで「聞いてるよ」の気配が伝わる。
「棲家を作るのも、扉を開けるのも、都市を動かすのも……全部、歌だって教わってきた。
でも昨日、あんたが“歌わずに”枝を動かしたの、見たよな」
彼の声に、シエナは羽をゆっくり左右に傾けた。
「わかる、けど否定はしない」──そんな意味合い。
ルフォは、羽の根元にある尾脂腺をそっと触れた。
そこから、ほんの微かに焦げた樹皮と草の匂いが滲んだ。
それは「戸惑い」の香り。
「シエナ。
……もしかして、俺たちの“歌による支配”って、どこかで都市にとって負担なのかもな」
彼はそう言って、枝の先を見つめた。
命令が強すぎると、枝は硬直する。
命令が多すぎると、都市が混乱する。
虫たちは沈黙し、棲歌も通らない枝が増えている。
歌えば動く。けれど、歌わないことで守れる何かも、きっとある。
そのとき、下層からフィロムシが1匹、ふわりと舞い上がった。
光に照らされて銀色にきらめくその羽音に、シエナは反応し、
尾羽で光を3度反射した。
──「聞いてくれて、ありがとう」
ルフォはそれを受け取り、はじめて、声を出さずに返した。
ただ、翼を広げ、光を一筋、返した。
彼は少しだけ、“命令しない関係”の入口に立ったのだった。