月曜日、奈緒は千葉の土産を持って出社した。
秘書室に入ると、さおりと恵子はもう来ていた。
「奈緒ちゃんお帰りー、どうだった? 久しぶりの実家は?」
「久しぶりにお母様とゆっくり出来たかな?」
「はい、ゆっくり出来ました。三日間、ありがとうございました」
そう言って奈緒は土産の紙袋を二人に渡す。
それを見た恵子が叫んだ。
「これ知ってる! ピーナッツクリームの超美味しいやつでしょう? 私大好きなんだー」
早速その菓子折を開け、三人は仕事が始まるまで束の間のお茶タイムを楽しむ。
その時、二人は奈緒の婚約指輪に気付いた。
「奈緒ちゃん、それってまさか!!!」
「もしや休暇中に婚約したのぉー?」
秘書室が大騒ぎになる。
奈緒はすぐに二人に報告する。
「はい。実は深山さんにプロポーズされました」
奈緒は少し照れた顔をしていたが、二人は奈緒の表情よりも目の前にある大きなダイヤが気になる。
さおりが奈緒の左手を引っ張ると、二人はまじまじと指輪を見つめた。
「うわー、ダイヤデカッ!!!」
「さすがCEO! え? でもリングの土台が18金って珍しくないですか?」
「奈緒ちゃんがゴールド好きだからでしょう? さすが省吾! やるじゃない!」
「いいなぁ~♡ こんな立派な婚約指輪~、私も欲しい~」
「だったら金持ちの男見つけないとねー」
「もちろんです! ケチな男とはもう二度と付き合いませんから安心して下さいっ」
「恵子ちゃんも学んだよねー。そう思うと失敗も無駄じゃないんだねー」
「さおりさん、ひどっ!!! 言い方がちょっとストレート過ぎません?」
二人のやり取りが可笑しくて、奈緒はクスクスと笑う。
指輪の品評会が一段落すると、今度は二人に休暇中の事を根掘り葉掘り聞かれた。
そこで奈緒は省吾が実家に来た事を話した。
「千葉に来ちゃったの? 深山さんが?」
「はぁ~~~? あいつにそんな積極性あったっけ?」
「やるぅ~! 深山さんって意外と猪突猛進型?」
「そうだったのかも? あたしもびっくりよ」
そこで奈緒は、母親と省吾がすごく意気投合していた事を話した。
「それってもう婿様じゃん」
「前に何かで見たんだけどね、ある統計で、母親に気に入られた男性は結婚相手として大当たりらしいよ」
「へぇ……そうなんだ」
そこで奈緒は、母の聡美が省吾に買ってきたスウェットの話もする。
それを聞いた二人は驚いていた。
「ちょ、マジで?」
「ファッションセンターって、もしかして『しもむら』?」
「はい。うちの実家は田舎だから、そこしか買う所がないんです」
「うんうん、私もたまに利用してるから大丈夫よ~奈緒ちゃん」
「えっ? 恵子さんがですか?」
「うん、結構さぁ、掘り出し物があったりするんだよねぇ、あそこは」
「で、で? 『しもむら』のスウェットを着た省吾のレア写真は撮った?」
「あっ! 撮ってません。すっかり忘れちゃった」
「「奈緒ちゃん、そこはちゃんと撮らないとー」」
そこで三人は声を出して笑った。
こうして、奈緒は大好きな先輩二人に無事婚約の報告を終えた。
そして奈緒の話が一段落すると、今度は恵子が「えっへん」と一度咳をしてから言った。
「えっとぉ~、私からも報告がありまーす」
恵子言葉を聞いた奈緒と上司のさおりは、驚いて顔を見合わせる。
「恵子ちゃん、報告って何よ?」
「実はわたくし、この度井上君とお付き合いする事になりましたあー」
「「えぇぇーーーーーっ!」」
二人はびっくりして同時に声を上げた。
「ちょ、ちょっと、それってどういう事?」
「そういえば恵子さん土曜日に井上さんとゴルフに行ったんですよね?」
「行ったよー。ゴルフの練習に行って~、帰りに食事をして~、で、そのままむふふ♡」
「「えぇーーーーーーっ!!!」」
二人は更に大きな声で叫ぶ。
そこでさおりが言った。
「….という事は、初デートでやっちまったって訳ね?」
さおりの言葉に恵子が眉をしかめる。
「『やっちまった』とか、さおりさん表現が下品ですよ? 愛し合ったと言って下さい!」
恵子がへらへらした顔で言う。
「えー? 信じられなーい! だって井上君はオタクだから草食系でしょう? だからイメージ湧かないなぁ。えっ? もしかして恵子ちゃんから襲った?」
すると今度はふてくされたような顏で恵子が言った。
「ちゃうちゃう」
「違うんですか?」
奈緒もびっくりして聞き返す。
「違いまーす、私が襲われました~♡ ハイ、彼、結構肉食系でしたっ! キャハハッ」
恵子は照れて両手で顔を覆う。
そんな恵子を見ながら、奈緒とさおりはまだ驚いている。
恵子の話では、ゴルフの練習の後、井上にホテルのレストランへ連れて行ってもらった。そこで恵子は井上から告白される。
そして恵子はOKの返事をし、二人はそのままホテルへ一晩泊まった。
「あの井上君が肉食系だったなんて……。すっかり騙されたわ」
「いわゆるロールキャベツ男子だったって事ですね」
「まさに! おまけにテクニシャン?」
「はい。アレのテクニックは歴代のカレシの中で一番でした♡」
「「キャー――ッ!」」
恵子の言葉を聞いて、また二人が叫んだ。
「まさか彼がテクニシャンだったなんてね……ハァーッ」
「でも井上さんって結構モテるみたいですよ。前に総務部の女性達が彼の噂をしていましたから」
「なんてったって深山二世だもん、そりゃモテるわ。大体さぁ、サッカー男子って学生時代からモテるよね? でもさぁ、恵子ちゃんって年下はダメって言ってなかったっけ?」
「はい……ダメだと思ってましたが、結構大丈夫なのかなって。結局今まで付き合ってきた年上メンズ達は全部駄目駄目でしたからねー。もしかしたら恋愛に年齢は関係ないのかなって最近思えてきて……」
「なるほど……。でも恵子ちゃんがそう思えたのは大きいよ。それに井上君はいい人っぽいから俄然応援しちゃう!」
「私もっ!」
二人が祝福してくれたので、恵子は嬉しかった。
そこでさおりがぽつりと呟く。
「でもさぁ、なんかみんなしっかりカップルが出来上がっちゃって羨ましい~! そろそろ私も出逢いを探そうかなー」
さおりのぼやきを聞いて恵子が前のめりに言った。
「だから~、さおりさんには絶対原田さんですってばぁ! さおりさんからアタックしてみたらどうですか?」
「そんな事言われてもさぁ、今までは仕事相手としか見ていなかった人だよー、無理だよそんなのー」
その時コンコンとノックの音が響いた。
「どうぞ」
奈緒が返事をすると、ドアが開いて原田が入ってきた。
今話題にしていた当人だ。
「皆さんおはようございまーす。さおりさん、ちょっといいですか?」
「何でしょうか?」
「たしかさおりさんは前にバレエのチケットが手に入らないって仰ってましたよね? これ、知り合いからいただいたバレエのチケットなんですが、良かったら一緒に行きませんか?」
そこで恵子と奈緒が目くばせをする。
さおりはというと、ポカンとしたまま固まっていた。
そこで恵子がさおりの肘を思い切り突いた。そこでさおりがハッと我に返る。
「えっと……それってどちらのバレエ団ですか?」
「英国ロワイヤルバレエ団の公演で、演目はジゼルみたいですね」
「ジゼルっ!? 行くっ! 行きますっ! 私ジゼルが観たかったの~」
「それなら良かった。公演は今度の金曜日の夜なので、仕事が終わってからご一緒しましょう。時間等についてはまた後で連絡しますね。じゃあお邪魔しました」
原田が秘書室を出てドアがパタンと閉まると、奈緒と恵子が叫ぶ。
「「キャーッ!!!」」
しかしさおりはまたぼんやりとしていた。
「さおりさんにもとうとう春が来ましたね~」
「初デートがバレエ鑑賞なんて素敵! バレエが取り持つ二人の恋……なんかドラマみたい!」
二人が茶化されると、急にさおりは真顔で言った。
「私もエッチが上手い人じゃないと嫌だから!!!」
その言葉に、奈緒と恵子は声を出して笑った。
その頃、省吾は公平の部屋にいた。
省吾は千葉の手土産を渡しながら公平に報告する。
「先週は助かったよ、ありがとうな」
「お前がいなくても全然問題なかったから安心しろ。それよりそっちはどうなった?」
「うん、無事に婚約したよ。彼女のお母さんにも挨拶してきた」
省吾の報告を聞いて、公平の瞳が輝きを増す。
「そっかぁー、それは良かったなぁ。とうとうお前も結婚かぁー!!!」
「ああ。なるべく早いうちに一緒に住もうと思ってる」
「善は急げでいいんじゃないか? で、結婚式はどうするんだ?」
「それはこれから相談かな。とりあえず先にお前に報告しておこうと思ってさ」
少しはにかむ省吾を見て、公平は感無量になる。
公平は親友であり仕事のパートナーでもある相棒の婚約を、心から祝福したい気持ちでいっぱいだった。
その後、二人が婚約したという噂は社内にあっという間に広まった。
奈緒が廊下を歩いていると、
「おめでとうございまーす」
「すごくお似合いのカップルです♡」
「麻生さんが奥さんになったら、深山さんの健康管理をしっかりお願いしますよ~」
そんな声が、あちこちから飛んでくる。
その週、奈緒は皆からのあたたかい祝福を受けながら仕事に取り組んだ。
コメント
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秘書室の美女トリオ🌸に春がやって来ましたね~🌸🎶 皆Happyで嬉しい~🍀✨
秘書室の皆さんそれぞれに春ですね おめでとうございます🎉それから井上くん 恵子さんへの猛アタックも深山2世ですね❤️スピンオフで詳しく読めるのが楽しみです
幸せって伝染するっていうよね😍 みんなが幸せになっていくのをみると嬉しいです✨ スピンオフも楽しみ❤