朝も、昼も、夜も存在しない。存在しないと思えば存在するし、思わなければ存在しない。これが神界というものだ。あぁ今は朝だな、と呑気に考えながら縁側に座る。僕は元教祖。本来は下界の方で宗教をやってるはずだった。事の発端は狐の神様、いわゆる天狐のガク君に魅入られた事だ。僕がこの神界に来てから一体どれくらい経っただろう。
「うぅん……」
グゥっと伸びをする。さっきまで寝てたからあちこちが萎縮してる。
「おーい!とやさ〜ん!」
中庭で池を覗いていたガク君が僕を呼んだ。
「こんな朝っぱらからなんですか?」
「いやぁ、これなんすけどぉ…」
池を指さす。なんだ?芥川龍之介の蜘蛛の糸みたいに罪人が這い上がってんのか?スッと覗く。
「…何これ」
「いひひ、綺麗だろぉ」
見せられたのは、池の中に浮かぶ金の蓮。池に1つの宇宙があるような、雨粒の中に宝石が入っているような光景だった。
「なぁ、人間は寿命があるんだろ?」
僕は呆けながら答える。
「そうだね……」
悲しい目で彼は呟く。
「…だよな」
「僕は居なくなりませんよ。僕を誰だと思ってるんですか‼︎僕ですよ⁉︎だからそんな辛気臭い顔しないでください」
「……はぁ、やっぱり剣持刀也なんだなぁ」
しみじみと僕の名前を言われる。
「居なくならないっての、、約束だぜ?」
ガク君は僕の頭を撫でた。
「約束してやりますよ…」
少し頬が熱くなった気がしたが気づかなかった事にした。
終わりとは呆気ないものだと思う。幸せは続かないんだと思う。でも確かに幸せはあったんだ。まるで夢を見ていたように、全て崩れゆく。人間は脆いんだ。そうだった。自分を過信し過ぎたか。そりゃそうだ。神界に、神の世界に踏み入った罰。咎を背負ったんだ。ねぇ、ガク君泣かないでよ。君が泣いても僕は慰めれないじゃん。
「約束しただろぉ……」
何もない空虚な世界に呟いた。俺は何も出来なかった。これが罰か。これが代償か。とやさん、幸せはあるのか?彼の幼なげな顔を撫でる。あぁ、彼は今いくつだっけ。確か………
いつもの通学路、いつもの制服。ただ歩く、歩く、学校へと向かう。
「ふぁ…」
早く起きたせいで欠伸をしてしまう。
「朝練のメニューなんだっけ….」
次の瞬間小石につまづいたんだっけ、僕はよろめいてしまった。
「ゎ…」
トンっ。軽く人の肩とぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさ……」
目が合う。どこかで見たか。どこかで話したか。まるで僕と相手の時間が止まったように。先に話したのはぶつかった相手だった。
「あ、と、、すみません」
「いえ、こちらこそ……」
僕は再び歩き出す。冷たい空気が鼻をツンと刺す。今は3月上旬。まだ2月の寒さが拭えない。足取りが重い気がする。僕は何かを忘れてる。大切な事かそうじゃない事か分からない。確かに残ってたのは先程ぶつかった彼の酷く悲しそうな顔だった。まだ、春は始まったばかりだった。
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