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朝から多種多様な美味しい朝ご飯を頂けて、私はとても満足していた。自分ではここまで用意出来ないので本当に有り難い。ホテル待遇に申し訳無い気持ちにもなったが、『神子の妻の生まれ変わり』である私に対しての当然の待遇なのだからと、セナさん達に窘められてしまった。その為に自分達が仕えているのだと言われてしまうと、何も言えなくなる。
『猫』から『人』へと生まれ変わった私を見ても、神殿内の方々は誰も何も不思議がらない。普通に接してくれる事から、『生まれ変わり』に対して全然抵抗感が無いのだなと感じられた。
カイルから聞いていた通り皆さんとても気さくで優しい。無理をまるでしていない笑顔で接してくれるので、自分は人付き合いが苦手なはずなのに、嘘みたいに話し易い。前の世界ではやはり何かしらの制限が自分にかかっていたのかなと思ってしまった。
当たり前の様にカイルに横抱きにされたまま、彼は約束通り神殿内を案内してくれた。王宮と比べると広くは無いらしい神殿内を、何十分もかけて歩き回る。
白を基調にした神殿内は『神殿』というだけあって神聖な雰囲気で溢れていた。華美な装飾は少ないまでも、高い天井の場所が多く、薄明かりの大広間は神秘的な空気が漂っていた。
廊下や広間などの其処彼処に神々を描いた絵画や銅像や石像が多く飾られている。それらを見ては、カイルが『こんなの邪魔なだけだよねぇ』なんて言いながら案内してくれたが、とんでもない!神殿なんですから当然です。
私が昨日今日とすごしていた生活空間以外にも、祈りの部屋や懺悔室などもあり、『教会みたいなものかな?』と思いながらそれらを見渡した。演劇用の舞台、ダンスホールや魔法を室内で使う為の空間もあって、外に出なくても此処だけで全て済んでしまいそうだ。
「次は庭も見てみる?今の季節だと、薔薇が見頃でとても綺麗なんだ」
寝室にも薔薇が飾ってあった事を思い出す。あれはそれこそ、庭から摘んできた物だったのかもしれない。
「見てみたいです!窓から見ていたけど、とても綺麗だなって思っていたので楽しみです」
「じゃあ、玄関ホールに寄ってから外に出ようか。ホールはまだ見ていなかったよね?」
「教会みたいな空間の方の入り口ではなく、生活空間の方の出入り口って認識であってます?」
「うん、そう。ごめんね、説明が下手で」
「大丈夫ですよ。それならまだ見ていないですね」
「行き方を教えたからって、勝手に外へ行ってはダメだよ?」
「転ぶかもしれないからですか?」
私は昨日のやり取りを思い出し、クスクス笑いながら訊いた。
「…… イヤ、外は本当に危険だから。庭まではいいけど、塀の外は絶対に出ないで。…… 君に怪我をさせたくないから。多分もう大丈夫だとは思うんだけど、安心は出来ないからね」
予想外の険しい顔で言われ、私は無言で頷くしか出来なかった。
長い廊下を歩き、玄関ホールまでもう少しという所まで来た。二階くらいの高さまで吹き抜けになった空間が見え、そこにもまた、彫像やら絵画やらが飾られているのが何となく見える。白とラピスラズリみたいに夜空っぽい印象のある青を基調にした壁は美しくて、神殿に来客者として訪問した人の目を楽しませる為だろうと察する事が出来る作りの様だ。
そこへ感嘆の息をこぼしながら入った瞬間、私は既視感に襲われた。
ドクンッと心臓が騒ぐ。
ただ玄関ホールに立ち入っただけなのに、何故か『怖い』と思った。
ギリギリと首を締め上げられ、床へ叩きつけられる様なイメージがふと頭に浮かんで、私は喉を詰まらせた。段々と顔が青白くなっていくのが自分でもわかる。
——ここを私は知ってる。
知らない場所なのに、そう思った。
「…… イレイラ?大丈夫?顔色悪いけど、どうしたの?」
異変に気が付き、カイルが上から私の顔を覗き込んできた。
「降ろして…… 」と、小声て呟く。
「…… え?」
「降ろして!」
クワッと目を見開き、命令するみたいに私は叫んだ。
普段の自分からは絶対に出ない、威圧的な声だ。魔力が混じってしまったのか、カイルは呆然としながらも声に従い、私をその場に降ろした。
大理石の床に足がつき、力の入らない体が前に倒れる。かろうじて前に腕を出せたおかげで、両手を床につき体を支える事が出来た。
そして私は、ここに残る『私』の残留思念の中へ引き込まれていった——