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もあ
44
鬼霧宗作
50
#復讐
りう。
45
さぶれ-SABURE-
1,239
グウェンダルは太陽が真上に昇るより少し前に目覚めた。
メリーティアも今まで眠っていたように見せかけてゆっくりと起きだす。
口づけようと近づく彼をさりげなく避け、メリーティアは「あとで話があるの」とだけ伝えると、朝の支度へ向かった。
身体を洗い流して服を着替える。荷物はバッグひとつなので、まとめ直す必要もない。
鏡台に座り、メリーティアは自分の顔をじっと見つめた。
ひどい顔だ。化粧で誤魔化して、髪を高い位置でひとつに結う。そうすると目尻がほんのり上がって、情けない顔も少しはマシになるような気がした。
意気込んで、グウェンダルのプライベートルームへ向かう。こざっぱりとした姿の彼に迎え入れられ部屋に入ると、テーブルの上には軽食が用意されていた。
促されるまま向かいのイスに腰かける。
「身体は大丈夫か? おなかが空いているだろう。君の好きなものを用意させた」
昨日の夜から何も口にしていないためおなかは空いているけれど、とてもではないが食べる気分にはなれそうになかった。
紅茶を飲んだグウェンダルが、カップを手にしたままどこか強張った顔で見つめてくる。
「それで、話とはなんだ?」
メリーティアは唇を引き結び、グウェンダルを見据えた。
「婚約を解消してほしいの」
「――――」
グウェンダルが言葉もなく目を瞠る。手からすべり落ちそうになったカップをソーサーに置き、何かを言いかけては固く口を閉じた。
メリーティアがもう一度同様のことを伝えると、自身の頬を片手で掴んで戸惑った様子を見せる。
「……昨夜のことで私に至らない点があったのなら言ってほしい。できるだけ改善に努める」
「違うわ」
「それならなおさらなぜなんだ? あまりに急すぎる。まさか私とあんなことをしておいて、ほかに慕っている男がいるとは言わないだろう?」
メリーティアは、眠れない間ずっと言い訳を考えていた。
どう伝えれば彼が婚約の解消について納得してくれるかと考えて、どう言葉を尽くしても彼は納得しないだろうという結論に至った。
納得してもらえないなら、婚約をやめたくなるよう仕向ければいい。
だから、彼が呆れるように振る舞うことにした。
グウェンダルを利用した自分への罰だ。勝手だと嫌われても仕方がない。
むしろ、メリーティアから離れれば離れるほど彼の安全は保障される。
メリーティアはぐっと歯を食いしばり、婀娜っぽく微笑んでみせた。
「あなたとの夜がよかったから、別の男も知りたくなったの」
「……下手な冗談はよせ。君はそういう人間じゃないだろう」
「本当よ。あなたがそう感じるのは、わたしのことを知らないからだわ」
「君のことはよく知っている。誰よりも」
「知らないわ! わたしは悪い女なの。あなたひとりじゃ満足できない」
「かわいいわがままを言う君は好きだ。だがこれは違うだろう」
グウェンダルは小さくため息をつくと、顔を覆ってしまった。
「……愛人をつくってもいいと言ったら?」
「いやよ。自由がほしいの」
「全部君の好きにしていい。だから婚約の解消はしないでくれ。もし私のことが嫌いになったというなら君を諦める。でもそうではないのだろう?」
嘘でも嫌いだなんて言えるわけがない。
押し黙ったメリーティアを、グウェンダルが見透かすように見つめてくる。
かんたんにはいかないと思っていたけれど、「愛人をつくっていい」とまで言われるとは予想していなかった。そこまでして手に入れるほど価値のある女でもないのに。
むしろ、ケイリクスという悪魔を引き寄せる疫病神のような存在だ。
いっそのこと、結婚したらどのような目に遭わされるかつまびらかに話してしまおうか。
そうしたらきっと気後れするか、メリーティアを頭のおかしい女だと思うだろう。
(いいえ、グウェンダルなら自分がなんとかすると言うに決まっているわ。そんなことで怖気づくような男ではないって、わたしがいちばん知っているもの)
「愛人をつくっていいと言うけれど、あなたの名がどれだけ恐れられているか知らないとでも? この帝国であなたを恐れないのは皇帝陛下ただひとりよ。皇子殿下たちでさえあなたの支持がほしくて顔色を窺っているわ。だからホールトン公爵の妻と聞いたら、男性はみんなあなたに罰されることを怖がってわたしに近寄りもしないはず。それでは困るの」
にらむようにして見つめ返すと、長い逡巡のあとグウェンダルは静かに口を開いた。
「……意思を曲げるつもりはこれっぽっちもないということか?」
「ないわ」
「…………わかった」
ようやく問答が終わったとひと息つこうとしたところで「だが」とグウェンダルが続けた。
「私の隣は空けておく。いつでも戻ってきていいとだけ覚えておいてくれ。ずっと待っている」
メリーティアは開いた口が塞がらなかった。
婚約解消を渋られることまでは予想できていたが、そのような言葉をかけられるとは思ってもみなかったからだ。
だがすべてを終えたあとであろうと、彼の隣に戻ることはできない。
いや、復讐を終えたあとならなおのこと許されない。そのときメリーティアは大罪人となっているだろうから。
それに今回の生は神との約束のもと許されたものだ。すでにメリーティアはほかでもないニルスのものであった。
自分を待つ必要はないと伝えなければならないのに、グウェンダルの気持ちがうれしくて涙が出てしまいそうになる。口を開くと嗚咽がこぼれてしまう気がして、メリーティアは唇を噛み締めた。
「このことは君の両親も知っているのか?」
「知らないわ。あとでわたしのほうから手紙を送っておく。わたしのわがままで婚約を解消するのだから、慰謝料は好きに請求してちょうだい」
「何もいらない」
「…………」
もっと責めてくれればいいのに。グウェンダルの優しさに胸が痛くなった。