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第十五章 二つの目覚め
第十話 交わらぬ正義 前編
朝の森。
澄んだ空気が静かに肺を満たしていく。
荷物を片付けながらハヤトが口を開いた。
「この調子なら、今晩にはミストア村へ辿り着けそうだな」
その言葉に、全員の手が一瞬止まる。
「そこで一泊して……夜」
ハヤトは空を見上げた。
「再び月の一族の隠れ里へ向かう」
まだ空に薄く残る、淡く白い月。
今夜には、さらに満ちる。
「……満月の夜だ」
空気が静まった。
全員の表情が、自然と引き締まる。
もう後戻りは出来ない。
ここまで辿り着いたからこそ、余計にそれを実感していた。
「また暗くなると魔物が出るかもしれない。」
「出来るだけ早くミストア村へ着きたい」
ハヤトが4人を見渡す。
「みんな、少し辛いかもしれないが……
もう少し頑張ろう」
静かに頷き合う5人。
やがて馬へ跨る。
ハヤトを先頭に、再び北へ向かって歩を進めた。
「お前もよう頑張っとるなぁ」
シュンタが馬の首を撫でる。
ここまで、長い旅を共にしてきた仲間。
ジントも優しくその背へ触れた。
「ありがとう……」
小さく呟く。
昨日の雨の後だからだろうか。
森がやけに明るく見えた。
木々の隙間から差し込む光。
濡れた葉の輝き。
空気そのものが、以前とは違うように感じる。
まるで長く森を覆っていた何かが、
静かに晴れ始めているようだった。
途中何度か休憩を挟みながらも、順調に馬を進める。
やがて日が傾き始めた頃。
5人は月の一族の隠れ里があった辺りへ辿り着いた。
夕闇の迫る森は、静かな空気に包まれていた。
だがそこに、以前感じたあの不思議な気配はない。
「確か……この辺だりったよな?」
ハヤトが振り返り、ジントへ聞く。
ジントは静かに辺りを見回した。
「……うん……」
「でもやっぱり、今は何も感じない……」
「やはり満月の夜にしか行けないんだな」
ジュウタロウが低く呟く。
するとシュンタがニヤリと笑った。
「またセレネちゃんに会えると思うと、ちょっと嬉しいわ〜」
「でも向こう、全然気ぃなさそうやったな」
ダイチがすかさずからかう。
「んなことないやろ!」
「いや絶対そうやん!」
「ひどいな〜ダイちゃん!」
騒ぐ二人に、思わずジントが小さく笑った。
ひと月前。
優しく迎え入れてくれた月の一族の人々。
ミレイア。
セレネ。
あの静かな里。
ジントは胸の奥で思う。
——早く、会いたいな……
やがて木々の隙間の向こうに、ミストア村の煙突から立ち昇る煙が見え始めた。
白く細い煙が、茜色に染まった雲に溶けていく。
ーーもう少しだ。
全員の顔に安堵が滲む。
だが突然、ハヤトが馬の速度を落とした。
「……すまない、一旦止まる!」
全員が馬を止める。
ハヤトは道の脇へ寄ると、馬から降り、自分の馬の脚を確認した。
「少し痛めてるな……我慢してたのか……」
長旅の疲労。
連日の戦闘。
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馬達も限界へ近付いていた。
すると、ジントがそっと馬の傍へ歩み寄る。
「見せて……」
優しく首筋を撫で、傷付いた脚へ手をかざした。
淡い光が溢れる。
月光のような、柔らかく優しい光。
傷がゆっくりと癒えていく。
やがてジントが微笑む。
「……もう大丈夫だよ」
馬は安心したように鼻を鳴らし、ジントへ顔を擦り寄せた。
その時だった。
——ビュンッ!!
鋭い風切り音。
「っ!?」
矢がジントのすぐ傍を掠める。
驚いた馬が激しくいなないた。
「うわっ!?」
「落ち着け!!」
暴れる手綱を必死に抑える。
ハヤトが鋭く顔を上げた。
矢の飛んできた方向。
森の奥。
夕暮れの光が、木々の間へ細く差し込んでいる。
けれどその向こうに、何かがいる。
人影。
一つ。
二つ。
三つ。
やがて木々の隙間から、次々と白い影が姿を現した。
十数人。
全員が白装束に身を包み、手には杖や弓、剣を構える。
誰一人として、足音を立てない。
ただ静かに。
五人を取り囲むように、森の中へ広がっていく。
ジントの身体が震える。
呼吸が速くなる。
あの時の恐怖が、鮮明に蘇った。
ダイチが即座に前へ出る。
ジントを庇うように、その前へ立ちはだかった。
「……っ……」
ジントは無意識に、ダイチの外套を強く握り締める。
ハヤトが怒気を滲ませ声を張った。
「こんなことをして……
本当に世界が救われると思っているのか!?」
白装束の男は、微動だにしない。
ハヤトは続ける。
「お前達がしようとしていることは、
闇を消すことじゃない!」
黄金の瞳が、真っ直ぐ男を射抜く。
「また新たな闇を生むだけだ!!」
夕暮れの風が吹き抜ける。
冷たい沈黙。
けれど白装束の男の表情は、少しも揺らがなかった。
「……我々は、秩序を守るために存在している」
先頭の男の、感情の読み取れない声が響く。
その声を聞いた瞬間、ジントの肩が大きく震えた。
ーーあの時の男だ。
ダイチの外套を握り締める手に、さらに力がこもる。
「人々は知らない。 闇が何をもたらすのかを」
男は静かに続ける。
「だからこそ……我々が正しい道を示さねばならない」
その言葉に、ハヤトの表情が僅かに曇る。
「……それを、本当に正しいと思っているのか」
だが男は答えない。
ただ静かに、信じる道を見つめているようだった。
「我々は、この世界を守る使命を背負っている」
男は静かに言った。
「例え皇族であろうとも、この使命を曲げることは出来ません」
夕闇の森へ、その声が静かに響く。
ハヤトの瞳へ、怒りが宿った。
「……なら」
剣を抜く。
黄金の光が夕暮れの中で鋭く煌めいた。
「俺たちは……お前達の間違った正義から、ジントを守る!」
その声は皇子としてではなく。
仲間としての言葉だった。
「俺たちは……絶対に、ジントを渡さない!!」
その声へ応えるように、ジュウタロウも細剣を抜く。
シュンタがリュートを構える。
ダイチはジントを背に庇ったまま拳へ雷を纏わせた。
白装束達も、ゆっくりと武器を構える。
その中で。
先頭に立つ男は、静かに目を閉じた。
「……残念です」
その声には、本当に惜しむような響きがあった。
「殿下。どうか我々の道を阻まないでいただきたかった」
男はゆっくりと目を開く。
「しかし……ここまで来てしまった以上、もはや退くことは出来ません」
視線が、ハヤトへ向く。
「我々の使命を果たすためならば……」
一瞬、言葉が途切れる。
「たとえ皇族であろうとも、排除せざるを得ない」
その表情には、迷いがなかった。
「つまり……」
ハヤトが低く問う。
「俺を殺すことも、ためらわないということか」
男は答えなかった。
代わりに、すぐ後ろの白装束が淡々と告げる。
「皇子殿下の身に何かあったとしても、我々はそれを世界のために必要な犠牲として受け入れるでしょう」
男は静かに赤い目を細めた。
彼は先頭の男とは違う目でハヤトを見つめていた。
その金色の髪と瞳を。
皇族の証を。
その存在そのものを。
そしてほんの僅かに、口角が上がった。
ーー皇子。
もしここで倒れれば、帝国にどれほどの混乱が起きるだろう。
しかし深く被ったフードの下、男の思惑は誰にも悟られることはなかった。
先頭の男は深くため息を吐く。
「……やむを得ないな」
小さく呟く。
その言葉には、最後まで信念を曲げられない者の苦悩が滲んでいた。
白い衣が、夕暮れの風に揺れる。
そして先頭の男は、ゆっくりと後ろを振り返った。
「——やれ」
その目に迷いはなかった。
コメント
3件
ハヤトの言葉が皇子としてのものじゃなく、ここまでのジントと過した仲間としての言葉なのが心打たれました(T^T)
いやー、来ましたね白装束。前回の伏線がここで回収される感じ、ゾクゾクしました。特に「残念です」と本気で惜しむ口調の先頭の男と、その背後で皇子を♡♡♡チャンスにほくそ笑む赤い目の男……同じ組織でも温度差があって、そこがリアル。ハヤトの「間違った正義からジントを守る」という台詞も、皇子としてじゃなく仲間の言葉として響きました。満月の夜が近づく緊張感と、馬をいたわるジントの優しさの対比が効いてて、続きが気になります。