街中に鐘の音が響き渡る。
ロキと陽菜子は、互いの頬を引っ張る手を緩めて、空を見上げる。
「何だ……?」
「鐘の音……?」
すると、陽菜子の足に柔らかな毛並みが触れる。
「あ、さっきのにゃんこ」
足元にいたモノ……それは先程、陽菜子が図書館の前で見つけた、猫のような生き物だった。
「何だそいつ?」
「猫じゃないかな? さっき図書館の前に居たんだよ」
「ふーん?」
陽菜子がしゃがんでは、猫の顎を撫でる。猫はスリスリと頬を擦り付けるように、陽菜子の手に戯れつく。
ふと、ロキは違和感を覚えた。
このシルフジブリンという街は、塀で囲まれた街だ。その塀には、一定の距離間隔で『対魔晶結界』が施されている。それは許可を持たないモノ、全てを拒絶する。その対象に、この辺りの『空を飛ぶ鳥一匹も入れない程、強力な結界』だ。
なのに何故、この目の前の生き物は、街の中にいるのだろうか?
嫌な予感がし、ロキはすぐさま警戒する。
すると次の瞬間。猫と呼ばれた生き物の尻尾が二つに別れ、目が、口が……体がどんどん大きくなる。
ロキは陽菜子の襟首を掴んで、猫から引き離す。
「離れろヒナ! コイツは魔……」
その時、どこからか悲鳴が聞こえた。
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それは俺、神崎八尋が行方をくらませた妹の捜索のために、屋台の年老いたおじいさんに聞き込みをおこなっていた最中の事だった。
「はぁ? なんの音じゃ〜?」
「どこかで、鐘が鳴ってるみたいっすね」
「あ? 金? 兄ちゃん、釣り銭でも落としたんか?」
「そーそー、釣り銭どっかに落としちまっ……て、違う! 鐘! ベル! マネーの方じゃないから!!」
「はぁ? 何だってぇ?」
このご老人、相当年老いているようで……。先程からかなり大きくゆっくりと話しているが、どこか会話が噛み合わずに通じない。
「こちらのお荷物は、ココでよろしいですか?」
「さ、どうぞ。こちらで少しお休みになってください」
セージと伊織が、老婆の荷物を運んで階段の隅に座らせる。老婆は伊織の手を取りながら、ゆっくりと腰を下ろす。
「ありがとうねぇ、王都の神官様……。それととてもカッコイイお兄さん」
「いえ、お役に立てて光栄です」
「最近腰が痛くてねぇ……。助かったよぉ」
「あまりご無理はなさらないでください。他に、何かお手伝いすることはありますか?」
「いいやぁ、十分さねぇ。干した果物をあげるよぉ。あっちにいるお兄さんと、後で分けてお食べぇ」
「「ありがとうございます」」
セージと伊織は老婆から小さな包みを受け取ると、優しく微笑んでお礼を言う。
「しかし兄ちゃん、変わった髪色してんなぁ? どっから来たんじゃ?」
「ずっと遠い国からだよ、じいちゃん」
いつの間にか老人の隣に座った八尋は、世間話をしている。しかも、気づいたらお茶まで出ているではないか。
これもある意味、元々おばあちゃんっ子であり、社会に出てから習得した、会話スキル……コミュニケーション能力の賜物だった。
俺はカップに入ったお茶を、一口飲む。薄く微かに色と味がする程度のお茶だが、気持ちだけで十分ありがたい。
「遠い国ぃ〜?」
「そーだよ。じいちゃんが知らないような、ず〜っと遠い国」
「そうかい……。そりゃあ兄ちゃん、まるで……」
老人が何かを言いかけた。が、そこから先は口を閉ざして、黙り込んでしまった。
「『まるで』何だいじいちゃん。じいちゃん?」
「はて、何だったかのぉ? 最近ボケが激しくてなぁ」
「しっかりしてくれよじいちゃん。ボケるにはまだ早えーよ」
「……それにしても兄ちゃん、変わった髪色してんなぁ? どっから来たんじゃ?」
「お〜っと、フリダシに戻ったぞぉ?」
俺は苦笑いしては、首を傾げる老人の肩を軽く叩く。
すると、何やら先の方の路地から、慌ただしく走り去る人々がちらほら見えた。
「何だ? さっきから騒がしいな」
「正門辺りの方からですね」
「何かあったのでしょうか?」
「おぉセージ、イオ。どうだった?」
先程、老婆の手伝いをしていたセージと伊織が戻ってきた。二人は首を横に振ると、申し訳なさそうな顔をする。
「残念ながら、ヒナに関しての情報は得られませんでした……」
「お役に立てずに申し訳ございません……」
「いやいや、お前らが謝る事じゃねーよ。元はと言えばヒナから目を離した、俺が悪いんだからな……」
俺は口元に手を当てる。正直な話をすると、さっきから老人と会話をしながら内心気が気じゃなかった。もしこの世界で妹に何かあったらと考えると、気が焦る。だがこの中で、年長者として……兄として、それを必死に隠そうとする。が、身体は正直なようで。気を抜くと手を擦り合わせたり、貧乏揺すりが止まらなくなる。
「アイツなら大丈夫だとは思うんだがな……。万が一、ってのがあるからなぁー……」
あの妹様は何故か知らないが、昔からトラブルに巻き込まれることが多い。先程の図書館での出来事といい、前科がいくつかあり、そういうのもあって心配は募る。
そんな俺を見兼ねたのか、老人が俺の肩をちょいちょいとつつく。そしてポットを見せると、新しいお茶をカップに注ぐ。
「兄ちゃん、何かは知らんが。あんま気ぃ張ってっと、見えるもんも見えてこなくなるぞぉ?」
「え? あぁ、そうだなじいちゃん……」
「ほら、そこの兄ちゃんたちも。ココに座って、茶でも飲めぇ〜」
「え? あ、はい……?」
「い、いただきます……?」
セージと伊織が、老人からお茶の入ったカップを受け取る。と、一人の青年が慌てて駆け寄ってきた。
「こんな所で何やってんだよ、トムじいちゃん! 早くここから逃げろ!!」
「あぁ? 何だってぇ?」
「そんなに慌てて、何かあったんですか?」
血相を変えた青年に、セージが丁寧に問いかける。青年はセージを見て「えっ、神官様……!?」と驚く。やっぱり、セージは顔が広いんだな。
なんて考えていたら、我に返った青年がすぐに説明をする。
「た、大変なんです神官様! 街に魔獣が現れたって……!!」
「魔獣がですか……!?」
青年が老人の前にしゃがみ込みながら、頷く。
「はい、正門の方からどんどん入って来てるって! 大通りはもう、何人か襲われて怪我してるって……。じいちゃん早く背中に乗れって! 俺がおぶってやるから!!」
「あ? 散歩かぁ?」
「あっ、ちょっといいっすか!?」
俺は老人を背負って走り出そうとする青年の目の前に回り込んで、腕を広げて止める。
「え、何!? 用なら手短にお願いしていいかな!?」
「あ、えっと……このくらいの身長で、腰あたりまである、長い黒髪の女の子を見てないっすか?」
俺は妹の身長くらいの高さまで、手を上げる。青年は自身の記憶を思い出すように、首を傾げる。
「『長い黒髪の女の子』……? そんなに目立つ子なら、すぐ分かると思うけど……」
「妹なんですけど、途中ではぐれちゃって……。探してるんです!!」
「そうなのかい? それは心配だね……でも悪いけど、俺はその子を見た覚えないな……」
「そうですか……」
青年は申し訳なさそうな顔をすると、何かを思い出したような顔をする。
「あっ! でも向こうの方で、フードを被った子が魔法を使えるみたいで……。一人で魔獣を足止めしてくれてるって、誰かが言ってたよ」
その言葉にセージの顔が青ざめる。
「『フードを被った』って……まさか……!!」
セージが人の流れに逆らって、走り出す。
「ちょっ……神官様!? そっちには魔獣が……!!」
「待てっ! セージ!!」
「セージさん! ヤヒロさん!!」
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