崩落する天井から舞い落ちる鉄粉と
裂けた照明の火花が火種となり
地下闘技場の空間は
一気に戦場の熱を帯びていった。
壁を蹴り飛ばして
天井の梁を破壊したソーレンは
着地の瞬間
静かに佇む時也の脇を
抜けるように走り抜け
一人、二人と
銃を構える私兵を次々に沈めていく。
「ッ⋯⋯こいつ!殺せッ!!」
奥の扉が開き
さらなる私兵達が
雪崩のように押し寄せてきた。
重装の警備、運営関係者
そして幾人かは──
格闘家の身体を持つ
戦闘専門の護衛部隊。
無線機からは
耳を疑うほどの怒声が響き渡る。
「こいつら全員、殺して埋めろッ!
このままじゃ、上にバレる!!」
「いいぞ⋯⋯!」
ソーレンの唇が、不敵に吊り上がった。
視界の端に
何人、何十人と現れる敵の姿。
だが
その数の圧迫すらも
彼の心には火を灯す
〝材料〟に過ぎなかった。
(⋯⋯来いよ、もっと)
昂ぶりが
心の奥底から湧き上がってくる。
勘が、脳髄まで研ぎ澄まされていく感覚。
誰がどこに立っているのか
どの角度から来るのか──
一秒先の動きすら
まるで地図のように読める。
「行けぇぇッ!!撃ち殺せェッ!!」
連射音が響く。
銃弾が火花を散らしながら
空間を裂いて迫る。
だがソーレンは
まるで踊るようにそれを躱した。
身を反らし
弾道の間を滑り抜け
瞬間
重力を足元に集中させて一気に加速。
ー跳んだー
床が凹むほどの跳躍。
ソーレンの身体は宙を裂き
三人の私兵の頭上を越えたと思った瞬間──
着地と同時に、拳が炸裂する。
「がっ⋯⋯!?」
肋骨を抉るように振るわれた拳が
一人目の身体を吹き飛ばす。
その反動を利用し、腰を回しながら
左の蹴りが二人目の膝を破壊する。
悲鳴を上げる間もなく崩れる男の首元を
崩れかけた鉄柱に叩きつけて黙らせた。
「ハァッ!!」
三人目の私兵が背後からナイフを突き出す。
だがそれも予測済み。
反転し、腕を絡めるように絡め取ると
そのまま自重ごと投げ飛ばす。
床板を突き破って、身体が沈んだ。
壁に叩きつけられた敵の絶叫を背に
ソーレンは次の敵へと視線を向ける。
目に映るものすべてが
〝標的〟にしか見えなかった。
重力が一瞬だけ歪み
鉄骨の支柱が音もなく外側へ撓む。
そこへ、時也の花弁が舞い落ちた。
時也は背後から迫る私兵の一団を
咲かせた植物の蔓で絡め取り
刃の花弁でその武器ごと切り刻む。
「⋯⋯容赦は、致しませんよ?」
「おいおい、楽しいのはこっからだろ?」
ソーレンが駆ける。
振り下ろされたバールの軌道を読み
重力の反発で跳ね上がり
膝を額に叩き込む。
鉄製の扉が阻む先
そこに数人の重装兵が待ち構えていた。
だが──
扉ごと蹴破る。
凄まじい重力の乗った一撃が
分厚い鉄扉を内側から抉り飛ばし
兵たちはそのまま押し潰されるように崩れた。
奥へ、さらに奥へ。
施設の中枢が見えてくる。
蛍光灯が軋み、天井が鳴る。
植物の根が壁を裂き
天井を喰い破る。
鉄骨は重力で歪み
支柱は爆ぜるように崩れる。
破壊された地下帝国の瓦礫の中で
ただ二人──
神のように戦う男達がいた。
火花、血煙、断末魔。
その全てを
壊していく感覚が塗り潰していく。
ソーレンは、今──
明確に〝昂っていた 〟
⸻
天井から砂塵と鉄粉が降り注ぎ
崩落の唸りが骨に響くような轟音を立てて
地下闘技場の奥深くが
とうとう臨界を迎えていた。
壁のあちこちには大きなひびが走り
鉄筋は歪み
コンクリートの天井が
いつ落ちてもおかしくない。
瓦礫の山の向こう
咲き誇る花弁の刃が
最後の兵士を貫いた頃──
時也は一つ
息を整えるように立ち止まり
静かにソーレンの方を見やった。
「⋯⋯ソーレンさん。
そろそろ⋯⋯支柱が倒れます。
上に出ましょう」
言葉は穏やかだが
響きには微かな焦燥が滲んでいた。
天井のひび割れは、もう時間の問題だ。
だが。
「は?おめぇだけ出てろよ」
ソーレンは
瓦礫を踏みしめながら笑っていた。
血の匂いと、焼けた金属の焦げ臭さの中
口元を歪めて振り返る。
「俺は⋯⋯
もう少し叩きのめしてから出るからよ」
瓦礫の隙間に隠れて残った敵の息遣いが
まだ耳に残る。
足音ひとつ、視線ひとつ──
全てが
研ぎ澄まされた今のソーレンには
鮮明だった。
この昂ぶりを、まだ終わらせたくない。
時也は一瞬だけ目を閉じると
また開けて──
まるで
〝本当に仕方がない〟とでも言うように
長く静かに息を吐いた。
「⋯⋯まったく、貴方という人は」
そう言いながらも
指先をくるりと一回転させるように振ると
足元の植物がざわりと動き
壁を伝って伸びた蔓が支柱を巻き込み
さらに深く侵食していく。
根は鉄を破り、石を裂き
音もなく構造を
ー崩壊へと導くー
戦場のど真ん中。
だというのに
時也は一切の乱れもなく
姿勢を正したまま、歩き出した。
「⋯⋯では、後ほど」
言葉だけを残して
桜の花弁のように去っていく。
その背中は
戦火の中を歩いているとは
到底思えぬほどに優雅だった。
ソーレンは一つ肩を竦めて、拳を握る。
「おう!」
そして
振り返ったまま
リングの中央へと再び歩を進める。
そこには、まだ
牙を剥きかけた私兵の数人と
荒くれ者達が残っていた。
天井が軋みを上げ、崩落寸前の空間。
だが
ソーレンの顔には恐れの欠片もなかった。
重力を自在に操る彼にとって
崩れる瓦礫など
ただの〝地形〟でしかない。
天井が落ちるなら
支えればいい。
壁が潰れるなら
捻じ曲げて通ればいい。
この空間はもう
彼の〝獣道〟だった。
拳を鳴らし、肩を回し
ぐるりと辺りを見回して
唇を吊り上げる。
「さあ⋯⋯ギリギリまで俺と踊ろうぜ?」
重力が足元に集まり
瓦礫の山が
ソーレンの一歩と共に唸りを上げる。
その音に、敵達の顔が引き攣る。
だがもう、逃げ場はない。
ここは、咆哮をあげる獣の檻。
この空間の支配者は
今、ソーレンただ一人だった。
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崩壊する地下から舞い戻った獣と、静かに迎える桜の使い手。 瓦礫を突き破る大樹の枝葉のもと、ただ一言──〝お帰りなさい〟 修羅たちは今、夜の街に再び歩き出す。