壮馬がシャワーを浴びた後、花純もバスルームへ行く。
シャワーを浴びたら二日酔いはすっかり消え、気分もすっきりした。
花純はこの後何を着ようかと悩む。
今日はデートだと言われたので、さすがにジーンズではまずいだろう。
花純は悩んだ挙句、ベージュのリネンのノースリーブワンピースを着て、その上にオフホワイトのカーディガンを羽織る事にした。
壮馬の横に並ぶといささか子供っぽく見えるが、他にデートに着て行くような服がないので仕方がない。
花純はその時自分の女子力の低さを思い知る。せめて学生時代にもう少しお洒落に興味を持っていたら…。
着替えをして軽くメイクをすると、花純はすぐにキッチンへ向かった。
すると、既に壮馬が朝食の準備をしてくれていた。
花純が姿を現すと、壮馬は一瞬目を細めて花純を見つめる。
「可愛いな…」
その思いがけない一言に花純の頬が赤く染まる。
「あ、ありがとうございます。こんな服しかなくて…」
「服は今日買い足すから大丈夫だ」
「え? 今日は副社長の服を買いに行くのでは?」
「まあ俺の夏服も買うけれど、君のもいくつか揃えよう」
花純がびっくりしていると、
「心配しなくていい。支払いは全て俺がするから」
壮馬は当たり前のように言った。
「え、でもそれでは……」
「気にしないでいい。君にはこの家の事を色々してもらっているんだ。だからお礼代わりだよ。遠慮はするな」
「…………」
黙り込んでしまった花純に、壮馬は茶目っ気たっぷりに言った。
「その代わり、花純の服は全て俺が選ぶからな」
「副社長が?」
「うん。俺はこう見えて女性の服選びのセンスがいいらしい…」
そこで花純は思ったことを率直に聞いた。
「それは誰に言われたのですか?」
花純の意外な突っ込みに、壮馬は一瞬驚いた様子だったが、すぐに落ち着きのある声で言った。
「俺が過去に付き合った女達だ」
壮馬は隠す様子も全くなく堂々と答えた。
その時花純は美咲との会話を思い出す。
美咲の話によると、副社長の壮馬には過去にいくつもの華やかな恋の噂があったらしい。
壮馬のお相手はモデルや社長令嬢など絵に描いたような美人ばかりで、その恋の噂はいつも週刊誌を賑わせていると言った。
(きっと歴代の彼女達にも服をプレゼントしていたのね…だから彼にとってはもう慣れっこなんだわ)
花純は思わず小さく息を吐く。
(そんな華やかな世界の人が何で私なんかと……)
花純は納得がいかなかったが、昨夜の非礼をまだ壮馬にお詫びしていない事に気付き慌てて言った。
「あの、副社長…昨夜はご迷惑をおかけしてすみませんでした。私、どうやって帰ったのかも覚えていなくて…」
「そうだろうと思ったよ。昨夜はタクシーでマンションへ帰り、君は玄関を入るなり俺の部屋へ入ってそのままベッドで寝てしまったんだ」
昨夜の事を思い出したのだろう。壮馬は笑いをこらえながら花純に言った。
「私から副社長のお部屋に? すみませんっ! 本当に申し訳ありませんでした」
花純はまさか自分が自ら壮馬のベッドへ行ったとは思ってもいなかったので、慌てて謝罪する。
「そんなに謝らなくてもいいさ…お陰でいい朝を迎えられた」
壮馬はニヤリと笑う。
その時花純は、今朝ベッドの上で起きた事を思い出して顔を赤くした。
「とりあえず朝食を済ませよう。食べたら一度会社に車を取りに行かなくてはならないからね」
「はい…」
それから二人は朝食を食べ始めた。
朝食を終えた二人は、一旦タクシーで会社まで行きそこから壮馬の車に乗り換えて移動する。
「今日はどちらへ?」
「表参道へ行こう…俺の行きつけの店がある」
「表参道…ですか…」
花純は仕事で着るきちんとした服はデパートで、それ以外は駅ビルに入っている安い店で買う事がほとんどだ。
だから表参道という『いかにも』な街で服など買った事がない。
そこで売られている服の値段は、おそらくケタが一つ違うのではないだろうか?
(そんな高価な服が私なんかに似合うの?)
花純は急に不安になる。
壮馬がこれまで付き合ってきた華やかな美女達にはお似合いかもしれないが、自分のようなただの平凡な女に似合うはずがない。
そう思うと、急に落ち着かなくなってきた。
花純が憂鬱な面持ちで窓の外を眺めていると、壮馬が言った。
「ドライブは久しぶり?」
「はい。最後にドライブしたのは、たしか大学のゼミ仲間と教授の車に乗せてもらった時ですね」
「そうか…免許は?」
「ありますが、実家でしか乗りません。田舎の空いた道ならなんとかなりますが東京の道は怖くて…」
「苦手なら無理に乗る必要はない。必要あれば俺が乗せて行くから」
壮馬はそう言った。
「ありがとうございます」
土曜日の朝の都心は空いていた。
車が目的地へ着くと、壮馬はコインパーキングへ車を停めた。
それから二人はショップとレストランが入った複合施設へ向かう。その建物は、花純も知っている有名な場所だ。
エントランスを入る時に花純は壮馬に聞く。
「ここってもしかして高城不動産が造ったのですか?」
「うん。もう出来て8年になるかな…ここへは来た事ある?」
「ないです。どのお店も高級店ばかりなので…」
「そうか。まあここに入っているのは一流の店ばかりだからどうしてもそれなりの値段はするが、品質が良いので長く着られるものばかりだから結果的には安上がりになるんだよ」
壮馬はそう言いながら通路を進んで行った。
「先に俺の服を見てもいいかな?」
「あ、はい、どうぞ」
花純がそう答えた時、壮馬は左手を花純の前に差し出す。
「?」
花純が「なんだろう?」と不思議そうな顔をしていると、
「今日はデートなんだ。だったら手を繋ぐのが普通だろう?」
壮馬はニッコリ笑うと、花純の手に自分の指を絡めて歩き出した。
半ば壮馬に手を引っ張られるような形で、花純は壮馬の横を歩いて行く。
二人とすれ違う女性は、必ずと言っていいほど壮馬の事を見る。そして、時にはうっとりとした様子で壮馬の事を振り返っていた。
中には恋人を連れているのに壮馬に視線が釘付けの女性もいる。
それに気づいた花純は、
(うわっ、凄い。イケメンオーラ半端ないわ…)
と感動のようなものさえ覚えてしまう。
そうして買い物客達の注目を集めながら、二人は壮馬の行きつけの店へ向かった。
店へ入ると、店員がうやうやしく二人を迎える。
壮馬は早速夏物のジャケットや普段着を物色し始めた。
その間花純は、
「こちらへどうぞ」
と、高齢の女性スタッフにソファーへ案内されたのでそこへ腰を下ろした。
花純はそこから壮馬の買い物の様子を観察していた。
壮馬は店のスタッフに次々と欲しい物を伝え、それを集めさせる。
壮馬の指示は的確でスタッフにもわかりやすい。
その買い物の仕方を見ていると一切無駄がなくとても合理的だ。
副社長として普段あまり時間の取れない壮馬は、おそらく今までこうやって買物をしてきたのだろう。
その時、先ほどの女性スタッフが花純にコーヒーを持って来てくれた。
「よろしかったらどうぞ」
「ありがとうございます」
花純は恐縮して頭を下げると、折角なのでコーヒーを一口いただいた。
その時壮馬が二つのジャケットを手にして花純の方へやって来た。
「花純、この二つのどっちがいいと思う?」
花純はカップを置くと、すぐにそのジャケットを見比べた。
どちらも麻素材の涼しそうな夏物のジャケットだ。片方は黒、そして片方はネイビーだ。
黒い方は漆黒の黒ではなく、どちらかというとダークグレーに近い。
花純はしばらく両方を見比べた後、
「黒の方がいいのでは? と思いますが」
と告げた。
「その根拠は?」
意外な返しがきたので一瞬花純はドキッとしたが、なぜか大学時代に教授から質問された時の事を思い出し、すぐに答えた。
「ネイビーですとジーンズの上に着る時に色が被ってしまい使いにくそうですが、黒でしたら下はジーンズでも白のパンツでも大丈夫です。それに色合い的には黒の方が副社長にお似合いかと…」
「なるほど…ありがとう。じゃあ黒の方をもらうよ」
壮馬は店員に告げる。
「かしこまりました」
店員はうやうやしく言うと、壮馬が持っていたジャケットを受け取りレジへ向かった。
壮馬は花純の隣へ座ってから言った。
「君は決断が早いな」
「大学の研究室では常に決断の連続でしたから慣れています」
「なるほど。リケジョっていうのは、余計な雑音は耳に入れずに物事の本質だけを見極めて判断する癖がついているんだな」
「まあそういう事です」
花純はそう言ってにっこりと笑った。
壮馬は感心していた。
花純が聡明な事は経歴を見てわかっていたが、こんなちょっとした買い物の場面でもその聡明さが見え隠れする。
仕事においての判断には常にスピードを求める壮馬にとって、花純の潔さが自分とよく似ているような気がして好感を持った。
過去に付き合っていた女達が今のような場面に遭遇すると必ずといっていいほど皆同じ事を言う。
「どちらも似合っているんだから両方買えばいいじゃない」
適当な判断により放たれるその言葉には、知性が感じられない。
(賢い花純になら家庭を任せても安心だな…)
壮馬は嬉しそうにフッと笑った。
コメント
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将来社長を継いで 会社を背負っていかなくてはならない壮馬さん....。 それ故に これまで交際している女性についても、 将来共に歩んで行くに相応しい人かどうかを 厳しくチェックし続けていたのでしょうね....🤔 リケジョ、理系脳で 合理的に物事を決断出来る花純ちゃん.... 壮馬さんとは似た者同士で、相性もピッタリですね~👩❤️👨❤️ 雑貨や、花純ちゃんのお洋服選びも 楽しみです🎶👗👠✨
花純ンの服は自分が選ぶって言った時にはっきり花純ンに「センスがいいと言われてた」って言ったね‼️ なかなか歴代の彼女の絡みの話は普通しないと思うけど流石の壮ちゃん👨 デートの買い物で花純ンの判断力を見極めたいとは⁉️ それにしてもさすがリケジョ‼️スピーディーで的確な判断は確かに必須かも❣️ それを家庭を築く上で活かせると考える壮ちゃんはこれまでのたくさんの彼女達をこれでふるいにかけてたのかもね🤗💡