昼休み、楓は南と一緒に外へランチに行った。
南は近くにある美味しいオムライスの店に楓を連れて行ってくれた。
卵がフワフワッとしたオムライスを食べながら南が言う。
「楓ちゃんは社長と住んでるんだよね?」
ズバリ聞かれた楓は驚く。そこまで知られているとは思ってもいなかった。
「はい……もしかして会社の人全員が知ってるんでしょうか?」
「もちろん! 社長の恋人ならしっかり認識しておかないとね」
「認識?」
「うん。幹部の女だと知らないで組員がうっかり手を出したら大変でしょう? そんな事したら半殺しにされちゃうもの。だからあらかじめみんなに周知しておくのよ」
南の説明を聞いた楓は驚いていたが妙に納得する部分もある。
ここは普通の会社とは違うのだ。
一般の会社では社内の色恋沙汰を隠す事が当たり前だが、ここでは真逆なのだ。
「それにしてもびっくりしたわ。いきなり社長に恋人が出来たんだもん」
「そんなに驚く事ですか?」
「そうよー、うちの社長素人さんには絶対手を出さないタイプだからね。もし決まった女を作るとしたら、うちが経営している店のホステスから選ぶんじゃないのってみんな言ってたからね。だから素人の楓ちゃんだって知ってびっくりよ」
楓は心の中で自分は素人なんかじゃないのにと思う。AV女優として身体を売ってしまった身だ、素人なんかじゃない。
「私、素人じゃないんです……アダルト動画に出ちゃったし……」
「うんうん知ってるよ。ヤスに聞いたから」
「え?」
「アハハ、組にいたら全部筒抜けなの。それにしても大変だったねー、お兄さんの事」
南が全てを知っているようなので楓は急に気が楽になった。
「はい」
「でも今はもう連絡を取ってないんでしょう?」
「そうです」
「まぁ兄弟でも色々あるよねー」
「いえ…うちは普通とはちょっと違うみたいで……」
「そんな事ないよ。結構そういうのって多いんだよ」
「え? もしかして南さんも?」
「うん。うちは借金とかじゃないんだけどさぁ。あたしの場合姉とうまくいかなくってさ。で、18歳になってすぐ家出して東京のキャバクラで働き始めたんだ」
南の過去を聞き楓は驚く。
「びっくりした? 結構うちの組にはそういう奴が多いんだよ。家族と上手くいかなくてーとか虐待されてーとかね」
「えっ? そうなんですか?」
「うん。ちなみにうちの親は姉ばっかり可愛がるんだ。高齢でやっとできた初めての子だったからさぁ、姉に対しては超過保護で甘やかすんだけど、あたしには超厳しいの。親は二人目は男の子が欲しかったみたい。だけど生まれたら女だったでしょう? それで相当がっかりしたみたい」
「え? そんな事で?」
「うん、笑っちゃうでしょう? 高校の時に母が書いた育児日記を偶然見つけてさぁ、女の子でがっかりしたってはっきり書いてあったから参っちゃうよね。アハハ」
「…………」
「そんなひどい親がいるわけないって思うでしょう? でもね、実際にいるんだよ。本人達は無意識だから気付いてないんだけど、うちは姉妹間の差別が本当にひどかったんだ」
「……辛いですね……なんと言っていいのか……」
「ありがとう。でもさ、うちの場合更に厄介でね。甘やかされて育った姉は常に自信満々で自分が女王様じゃないと気が済まないタイプなのよ。だからいつも妹を下げて自分を上げる事に必死なの。嫌になっちゃう……」
「妹を下げるってどうやって?」
「例えば何かまずい事が起こるといつもあたしのせいにするの。で、親に告げ口したり親戚中に言いふらすんだ。トラブルの原因が明らかに姉だったとしても自分の非は認めずに全部妹のせい。だからいつの間にかあたしだけ周りから変な目で見られるようになっちゃってさ」
「それはひどいです! なんとかして誤解を解く事は出来なかったのですか?」
「フフッ、無理よ。あいつはすごく巧妙なんだ。常日頃計算で動いているからね。あの女はいつも人を利用する事しか考えてないのよ。自分の為に役に立つ人間にはお愛想するし、自分の上を行くような人間を見つけると潰しにかかる。いつもそんな事ばかり考えているなんてゾッとしない? だからああいうタイプからは離れるのが一番なのよ」
南はそう言って笑った。
わざと明るく振る舞う南を見て楓は切ない気持ちでいっぱいになる。
楓から見た南はとてもいい人だ。初対面の楓に対してとても親切に優しく接してくれている。
そんな南を貶めようとする南の姉が許せなかった。
それと同時にこんな風にも思う。
楓が一樹に救われて新しい居場所を与えられたように、南もまた藤堂組によって心地良い居場所を見つけられたのだ。
理由は違えど、楓と南は似た境遇なのかもしれない。
「南さんも私と一緒で藤堂組に居場所を作ってもらえたんですね」
「楓ちゃんいい事を言うわねぇ。まさにそれよ! 会長や社長、それにヤスがあたしの居場所を作ってくれたの。ううん、居場所を作ってくれただけじゃないわ。あたしが頑張った分ちゃんと認めてくれるの。それに何かあればすぐ相談に乗ってくれるし親身に話を聞いてくれるの。あたしさぁ、今までそんな風に接してもらった事がなかったからさぁ、なんかくすぐったいんだよねー。でもさ、そういう人達に囲まれているともっともっと頑張ろうって思えるから不思議だよね」
楓も南に近い思いを感じていたのですごく納得出来る。
「なんとなくわかる気がします。以前の私はすごく無気力でただ惰性で生きていたって感じでした。でも新しい居場所を与えられてからは、頑張らなくちゃって気になってます」
「私とおんなじだー! ヤクザってさぁ、最初は怖いイメージしかなかったんだけど、うちの組はちょっと違うよね。人情派っていうのかなぁ? うーん、上手くは言えないけど兄貴がいっぱいいるって感じ? 血の繋がりはないんだけど本当の家族みたいに思えるっていうか……」
楓は大きく頷きながらポツリと言った。
「血の繋がりって一体何なんでしょう?」
「うーん、よくわからないけど……あたしが思うにはそれほど囚われる必要がないって感じかなぁ?」
その言葉に楓は勇気付けられる。
「なんか南さんと話してたら元気がもらえた気がします。ありがとうございます」
「何急にー! 照れるじゃない~」
南は恥ずかしそうに微笑む。
「新人さんが元気なら、午後もびっしびっし行くわよー!」
「キャーッ、少しお手柔らかにお願いしまーす」
「アハハッ、しょうがないなー、じゃあ少しだけ緩くしてあげる」
「やった!」
そこで二人は声を出して笑った。
その時楓はやっと自分の居場所を見つけたような気がした。
そして居場所を見つけてみて初めて気付いた。
自分が長い間本当の居場所を探し求めていた事に。
(よしっ、頑張ろうっと!)
楓はそう心の中で呟くと、笑顔で残りのオムライスを食べ始めた。
コメント
33件
南ちゃんも、家族のことで 色々と辛いめにあったのね....😢 二人とも心地よい居場所が見つかって、本当に良かった🥺🍀 南ちゃんは 楓ちゃんのよき先輩であり 味方であり 友人にもなってくれそうで、本当に心強いね‼️💪
アタシも女なのに字も下手くそ、勉強もデキナイ! って、デキが良い兄貴と比べられる日々だったワ。今や兄貴は、家も持ててないヤツでアタシのほうが未だシッカリやってるけどね。🤣 親が言う事が良いなんて これっぽっちも思わねぇわ。 血の繋がりよりも気持ちの繋がりを大切にするべきなんだよね(๑•̀ㅂ•́)و✧ 楓ちゃん、クソ兄を永遠に忘れたほうが良いと思うよ。
南さんも楓ちゃんも居場所があるって心が強くなるよね みんなそれぞれ抱えている物があるけどとにかく精一杯生きて欲しい!