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「だからぁ、didn’tは一般動詞の時につかうんだよ。だからここはwasn’t」
「あぁ、そっか。忘れてた」
「お前ここ中学でやっただろー…」
駿が泣いていたその日、僕はどうにかして駿を元気づけたくて、「来週のテストに向けて一緒に勉強しよう」と、彼をカフェに誘った。テスト期間のため、部活がない上に、今日は駿のバイトが入っていない日だ。
しかし結局、駿は僕に勉強を教えているだけで、元気づけるどころか、駿は自分の勉強が出来ていない。僕は申し訳なくなって、駿のほうをみた。
「ん、なに?」
「いや、その…。僕ばっかりごめん」
僕がそう言うと、駿はぷっと吹き出して、
「ははっ。今更なんだよ!それに、俺は今勉強しなくとも点数取れるの。人の心配より、自分の心配をしろよな」
「さすが、成績優秀者…」
「ふっ。それほどでも。さぁ、続きやるぞ」
駿の教え方は、うまかった。
正直、僕は今の英語の先生よりも、駿が先生になってくれた方がいいと思う。そうしたら、大嫌いな英語も、楽しく学べる気がしたから。
「じゃ、この文、読んでみ」
「ひー、わず、んと…はっぴー」
「おっ、正解!意味は?」
「彼は…幸せ、じゃ、なかった?」
「正解!やるねぇ」
「やった!駿のお陰だよ」
僕は駿とハイタッチをした。これは基礎的な問題のはずなのに、できたことが嬉しかった。
ピコン。
そのとき、駿のスマホがなった。
「悪い、ちょっとスマホ触る」
僕はこくりと頷く。彼はスマホを操作し出すと、徐々に顔を曇らせていった。そして、歯を食いしばって、悔しそうな表情をうかべた。
「どうしたの?」と訊く勇気は、なかった。
「じゃ、今日は楽しかったわ、ありがとうな」
「こちらこそ。勉強教えてくれてありがとう、助かった」
「おう、……またな」
少しだけ微笑んで、駿は僕に背を向けた。
そして、小走りで去っていく駿の背中を眺めた。
……胸騒ぎがした。
どうしてかは、分からない。
けれど、駿のあんな表情を見るのは初めてだ。
電線の上で、カラスがカァカァと鳴きながら、ばさばさと羽ばたいている。
気がつけば、僕も、走り出していた。
駿を見失わないように。
彼の背中を追った。
それからあっというまに、駿の家に着いた。そのころには、身体中びっしょりと汗をかいていた。
駿は小走りのまま家の中に入っていく。
僕はしばらく、駿の家の前で立ち止まっていた。
今、駿は何をしているだろう。家の中の様子が気になって気になって、仕方がなかった。
そのとき。家の中から「きゃあぁ」という叫び声がして、僕はビクッと肩をふるわせた。
今……。この家の中で、何が起きているのだろう。
気がつけば、汗をぬぐいながら、裏庭へ回っていた。こんなこと、泥棒しかしないだろう。けれど、こんなに嫌な予感がするのは初めてだった。
そして、裏庭にある窓へこっそりと近こうとした、次の瞬間だった。
「ガシャアァン!」
「!?」
何かが割れたような、大きな音がした。僕はいそいで、窓に近づく。
どくん、どくん、と、心臓が大きな音を立てている。冷や汗が、頬をツーっと伝う。吐きそうだった。
そして、窓に顔を近づける。
……駿がいた。
彼の足元には
頭から血を流す彼の母親が、ぐったりと横たわっていた。目を見開いて。ピクリとも動かず。
「っ!?」
叫びそうになったのを必死で手で押える。
駿の手には硝子の灰皿が握られていて、それにはどろっとした血がついているのが離れていても分かる。彼の母の近くには、食器棚があり、その真下には割れた皿が何枚が落ちていた。おそらく、倒れた拍子に食器棚にぶつかり、落ちて割れてしまったのだろう。
「あ……あ」
僕は後ずさりした。
早くここから離れなきゃ。
そう思った次の瞬間、地面に転がっていた石に躓いて、僕はどさっと尻もちを着いた。
「誰だっ!」
すぐに、中から叫ぶ駿の声が聞こえた。
モタモタしていられない。僕は足を滑らせながら立ち上がり、走り出した。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
無我夢中で走った。
駿が人を、殺した?ましてや、自分の母親を?
ありえない。いや、それよりも、僕の姿は見られてしまったのだろうか。
だとしたら、僕は…
「うわっ」
何かに躓いて転んだ時には、もう駿の家からはだいぶ離れた路地にいた。ちらほらと周りに人がいて、転んだまま立ち上がらない僕を、不思議そうに見つめながら通り過ぎる。立ち上がれなかった。足に力が入らなくて。
お願いだ、僕を見ないでくれ。
もう、今、僕はどんな顔をしたらいいか分からない。
どんな顔をしているのかも……分からない。