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「寛、そのまま。動かないで」
芥川は不意に立ち上がると菊池の背後に回った
「なんだよ龍、藪から棒に」
菊池が怪訝そうに振り返ろうとするが芥川の細い指先がそれを制するようにそっと耳元に触れた
指先に挟まれているのは野に咲くように白い小菊だ
「いいから…君はいつも自分を後回しにしてばかりだからね。今日くらいは飾り立てられてもいいはずだ」
芥川は淡々と丁寧に菊池の髪に小菊を差し込んでいく
一つ、また一つ
菊池には些か可愛らしすぎる花だが芥川の表情は真剣そのものだ
かつて自分が先に逝ってしまったあの日
残された寛がどれほどの荷を背負いどれほどの涙を堪えて自分のために奔走してくれたか
あの日捧げられなかった花
届けられなかった言葉
芥川は今その空白を埋めるように生身の親友の体温を感じながら花を綴っている
「………龍、お前手が震えてるぞ」
寛が温かい声で指摘した
芥川の手がピクリと止まる
「…そうかい?困ったな…これでは配置がずれてしまう」
「ははっ、相変わらず理屈っぽいな…好きなだけつけろ。お前の気が済むまでな」
寛は観念したように目を閉じた
かつてのあの日、絶望の中で僕を送り出した寛にとって今こうして「花をつけられて困る」という贅沢な悩みを享受できることが何よりの救いだった
芥川が満足げに回り込んで菊池の顔を覗き込む
寛の耳元には小さな白い花が固まって咲いたような不格好で…けれど愛おしい髪飾りができあがっていた
「おい、これ鏡見なくても分かるぞ。絶対似合ってねぇだろ」
「そんなことないよ。今の君は誰よりも『菊池寛』らしい」
「………意味分かんねぇよ」
寛は鼻を鳴らしわざと乱暴に立ち上がった
けれど髪の小菊を落とさないようにその足取りはいつもよりずっと静かだ
「ほら行くぞ。このまま食堂に行って皆を驚かしてやる」
「それは楽しみだね。………寛、ありがとう」
「礼を言うのはこっちだ」
寛が先を歩き芥川がその背中を追う
三月六日の廊下
かつては別れの象徴だったこの日は今二人の笑い声と髪に揺れる小菊の白さに彩られていた。
申し訳ない
あと1話続きます
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