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第15話「揺れすぎたから、息ができなかった」
登場人物:ハヤリ=アナグリフ(深層障害型/海底棲・1年・圧属性)
ハヤリ=アナグリフは、海底から来た生徒。
1年生、圧属性。
体の表面に透明な鱗が薄く残り、髪は深灰色。地肌の近くに浮かぶ細い血管の色が、水面からは見えないほど繊細だった。
彼の呼吸は、常に「深層用リズム」でなければならない。
急な温度差、急な共鳴、急な“感情の波”は、彼の身体と心を痛めつける。
最近、朝礼がつらい。
全校生徒の感情が重なると、塩素(ソルソ)空間が揺れる。
ハヤリの中に、うねる音がひとつ、またひとつ侵入する。
「共鳴」していないはずなのに、“息が詰まる”。
その日、朝のスピーチで、誰かが声を上げた瞬間──
ハヤリの胸の奥で“音の泡”がはじけた。
【バシュッ】
周囲に見えない水音が、彼の内側で割れた。
息が、できない。
立っていられない。
気づいたときには、保健室だった。
「ねえ、目は見えてる?」
保健室の隅、冷たいソルソ水が流れるパイプの前に立っていたのは、
澄属性の3年生・メイ=ウタロウ。
小柄で線の細い体。水色の瞳が、ぬるく優しく揺れている。
「揺れたんでしょ?」
「……はい」
「深層生の“圧”、急に抜けると呼吸パターン壊れるから、焦らなくていいよ」
メイは、ハヤリの手に、**“重り入りの共鳴カード”**を渡した。
それは波の収束を一時的に助けるアイテムで、圧属性の生徒にとっての“人工重力”のようなものだった。
「“揺れすぎる”って、自分が悪いんじゃなくて、環境が軽すぎるってこと。
おまえが悪いんじゃない。
深いとこに生まれたってだけ。おまえの“揺れ”は、本当はうつくしい波形なんだ」
ハヤリは、小さくうなずいた。
息をするように、カードを胸に当てて、海のリズムを思い出す。
潮の底。塩素の深層。
そこでは「揺れること」が、生きるということだった。