午後四時、国雄が紫野を迎えにきた。
「どこへ行くのですか?」
ホテルの廊下を並んで歩きながら紫野が尋ねると、国雄はこう答えた。
「買い物だ」
その予想外の返事に、紫野は驚いて聞き返した。
「買い物? 何を買いに?」
「君のコートとかバッグとか……色々だよ」
国雄はそう言って微笑んだ。
「えっ? でも、パーティーのためだけにわざわざ買わなくても……」
紫野が恐縮しつつ告げると、国雄は突然足を止めた。
「いいかい? 明日のパーティーに、君は僕のパートナーとして出席するんだ。つまり、村上家の一員として、きちんとした格好をしてもらわなきゃ困るんだ」
その言葉に、紫野は何も言えなかった。村上家で働く人間としては、その家の信用を傷付けるような行為はできないからだ。
「分かりました。そういうことなら、お供いたします」
「ありがとう。じゃあ、行こうか」
国雄は嬉しそうに微笑むと、紫野を連れて百貨店へ向かった。
それからの時間は、紫野にとって信じられないほど満ち足りたものだった。
上質な品々が並ぶ店内で、国雄は紫野のために一つ一つ丁寧に選んでくれる。
百貨店に入った時は、ワンピースに厚手のショールという少し寒々しい姿をしていた紫野は、百貨店を出る時には、国雄が選んでくれたウールの上質なコートに身を纏い、洋装に合う普段使いのお洒落なバッグを手にしていた。
それ以外にも、パーティー用に小さなミニバッグ、靴、そして化粧品一式揃えてくれた。
百貨店で購入した物は、明日の朝すべてホテルへ運んでくれるよう手配した。
「何から何まで揃えていただいて、本当にありがとうございます」
「どういたしまして。あと、もう一軒だけ寄ってもいいかな?」
「?」
紫野は不思議に思いつつ、国雄の後をついていく。
国雄が向かったのは、百貨店の隣にある宝飾店だった。驚いた紫野は、思わず国雄の顔を見上げる。
「ははっ、そんなに驚かないで。せっかくのパーティーなんだから、おめかししないとね」
国雄は笑顔を浮かべながら、二人を出迎えた店員にこう伝えた。
「パーティーに着けていけるような、彼女に似合う指輪とネックレスを見繕ってください」
「承知いたしました。どうぞ、お掛けになってお待ちくださいませ」
男性店員はうやうやしくお辞儀をすると、奥に商品を探しに向かった。
国雄と並んで座った紫野は、驚きを隠せないまま口を開いた。
「あ、あの……そんな高価な物を……」
「ん?」
「たった一回のパーティーのために、そんな高価な物を買ってもらうわけにはいきません」
紫野が何を言いたいのか理解した国雄は、笑顔を浮かべて言った。
「女性は、宝飾品を買うとなると普通喜ぶんじゃないかな?」
「私は一使用人ですし、そこまでしていただく理由がありません」
「理由? 理由があれば受け取ってもらえるのかな?」
国雄があまりにも魅力的な笑顔で問いかけたので、紫野はつい見とれてしまいそれ以上何も言えなかった。
そんな紫野に向かって、国雄はこう言った。
「じゃあ、きちんと理由を話すよ。明日のパーティーに、君は僕の婚約者として出席してもらいます。そういうことなら、今から選ぶ宝飾品を身に着けてもらえるかな?」
予想外の国雄の言葉に、紫野は動揺し、何も答えられなかった。
「そんなに驚かないで。婚約者といっても、気楽にしていればいいから」
紫野はそこでようやく口を開いた。
「私は一度結婚しているんですよ? そんな女が、村上家のご長男の婚約者だなんて言ったら、一体何と言われるか……」
その言葉に、国雄は片眉を少し上げ、楽しそうな表情で言った。
「籍は入っていないんだから、君は未婚のままだろう? それに、夫が亡くなって二度三度結婚する女性は珍しくもない」
「い、いえ、だから、そういうことではなくて……そんなことをしたら、村上家の名を汚すようなことになりますから……」
その時、国雄が紫野の唇に人差し指を当てたので、紫野は驚いて思わず口をつぐんだ。
「このことは、父も母も了承済みだよ。だから、何も問題はない」
「本当に?」
「うん。それに、コートや靴を買ってあげなさいと言ったのは、母なんだ。だから、君は気にする必要はないんだよ」
「…………」
その時、宝飾品売り場の男性店員が、女性店員を伴い、いくつもの宝飾品を持ってきた。
それから国雄は、紫野のための指輪やネックレスを、真剣な表情で選び始める。
一時間後、紫野の指輪とネックレス選びは無事に終了した。
かんざしやブローチと合うように、国雄がアメシストで統一してくれた。
薄紫色のアメシストと金の組み合わせは、とても上品で高貴な雰囲気が漂っていた
宝飾店を出ると、紫野は国雄に礼を言った。
「こんな高価なお品を……本当にありがとうございました」
「気に入ってくれたようで良かったよ。明日からちゃんと着けてください」
「はい」
「では、夕食を食べに行きましょうか」
国雄は笑顔を浮かべながら、紫野を連れて馴染みの店に向かった。
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コメント
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国雄さんの実直な優しさが良き〜💓💓✨ 村上家みんなが婚約者として認めてるって言われたら、真面目な紫野ちゃんは認めるよね🙂↕️🌷 そして紫野ちゃんのイメージにあった高貴なアメジスト🟣の装飾品でしっかり自信を持たせてあげる国祖さんもステキ😊💘 嵐子乱入の危険もあるけど国雄さん、しっかりと紫野ちゃんを守ってね❣️
紫野ちゃんはすぐ遠慮しちゃうから国雄さんも外堀から攻めてくね🤭 気のない人に婚約者扱いはしないよ。だけど気負わせたくない国雄さんの気持ちも素敵💕💕 輝いてる紫野ちゃんを側で見れる国雄さん。益々惚れちゃいそうだね( *´ ³`)ノ 〜♡
國雄ちゃん遠回しにプロポーズですね♡紫野ちゃんの戸惑う気持ちもわからないでもないが…村上家の人々は外堀をしっかりと固めてますな🥰これからどーんと深い愛で包んであげてね🥰パーティーに余計な人々がきませんように!来てもがっつり追い払ってね🤣