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――幸人が現れた場所。それは昼間訪れた、かの地。
かつて住んでいた思い出の場所。今は何も無い僻地。
「…………っ――」
今宵はやけに空気が冷たい。もしかしたら雪が降るかもしれない。
幸人は辺りを見回すが、漆黒に包まれた静寂のみで、生命の存在を伺えない程の静けさ。
待ち人は――“居ない”。
だが幸人は立ち去らない。彼は何も無い僻地の、“とある場所”へと歩みより、其所で立ち止まる。
「姫紀……」
絞り出すように呟かれたその名。
それは悠莉ではなく、彼女と生き写しとも思えた、彼の最愛の妹の名を――
「長々と独りにさせてしまって済まないね……――」
“俺もいずれ……そっちに逝くから”
それは謀らずとも此所に眠る、妹へ向けての言葉だったのか――
『お兄ちゃん――』
――今より約十年前。此所、球磨郡錦町の末端に位置する小さな部落で、当時十五歳の如月幸人は二つ下の実の妹――如月姫紀と共にこの地で暮らしていた。
幼き頃に事故死した両親に代り、幸人は妹にその愛情を一身に注いだ。彼女もまた兄を慕い、両親不在とはいえ二人は何不自由無く、平穏に暮らしていた。
これは地域密着型の、近所同士の繋がりによるお力添えに依るものも大きかった。
妹思いの兄として、近所でも評判の兄妹だった。
『どうした姫紀? うん? その黒いのは――』
『猫ちゃん拾ってきたの……。捨てられちゃったんだってこの子……』
『そうか……よし、じゃあ今日からお前は家族の一員な?』
『変な奴等だな~。二人揃ってオレの言葉が分かるなんて――』
懐かしくも淡い――昔の記憶。
何一つ、彼等を裂くものは無かった筈だ。
「――おお悪ぃ悪ぃ。遅くなった。待たせちまったか?」
あの日が来る迄は――
「ああ……人を呼び出して於いて、遅いぞ――」
不意に背後から聴こえた声に、幸人は振り返る事無く応える。
「勝弘……」
確認する迄もない――その者の名を。
「近くに自販機が無くてな。探すのに手間取っちまった……」
振り向いた視線の先に在るのは、右手に缶コーヒーを携えた男――幸人が『勝弘』と呼んだ者。
「微糖でよかったよな?」
そう男は幸人へと、手に持つ缶コーヒーを放り渡す。
「ああ……」
幸人は当然のように受け取る。缶は先程仕入れたばかりと思える程に――熱かった。
「久々の再会がこの場所で、缶コーヒーで乾杯と言うのも色気無いけどな……はははっ」
「全くだ……」
御互いに笑顔を見せる。そこに“敵意”は感じられない。
だがこの友好的な人物こそ、今回の勅命人物――“元”狂座執行部門エリミネーター。コードネーム『錐斗』その人で間違いようがない。
背丈は幸人と同じ位だろうか。少し赤茶げた短めの髪を、流れるように後方へと立てており、まるで炎の揺らめきのように見える。
切れの長い瞳と相まって、それは何処か野生的ものを感じさせた。
紺のジーンズに赤いジャンバーと、何処か時雨に通ずるそれは『静の幸人――動の勝弘』と比較出来る程に対称的に思える両者。
「――まっ、とりあえず乾杯といくか」
「ああ……こうやって一服するのも久々だな」
御互いに缶を開け、くわえた煙草に御互い交互に火を点ける。
敵か――味方か? 其処からでは御互いの真意を伺い知る事は出来ない。
ただ一つだけ分かるのは、以前琉月の言った『彼等は同郷であり――親友同士』と言う事実。
自然な二人の間には、それが確かに感じられる程――
「ふぅ……――また違った旨さだな、こうやって吸う煙草もよ?」
「そうだな……」
二人肩を並べて、暫し紫煙を燻らせていたのだった。
御互い切り出し難い雰囲気だったが――
「全く……四年も雲隠れしやがって。何をしてたんだお前は?」
一息吐いて幸人から切り出した。言いたい事は山程有る――死亡したと思っていた勝弘。
何故偽装してまで、その存在を消していたのか?
何故今になって再び現れたのか――
「まあ、色々とあったんだよ俺にも……」
そして何故、彼は狂座で在りながら同僚と云えるエリミネーターを殺し、幸人を此所へと呼び寄せるような真似をしたのか?
幸人の問いに勝弘はまだ答えず――はぐらかす。
「それより懐かしいと思わねえか幸人? 此所に来ると昔を思い出すな……」
代わりに昔の事を語り始めた。
狂座に属していた四年前より以前――此所に住んでいた時の頃を。
「何も知らないままだったあの頃の方が良かったよ、今なんかより……」
「ああ……」
「戻れるものなら戻りたいもんだよな」
「そうだな……」
二人は昔を思い返し、感慨に耽り煙草を吹かし続ける。
勝弘――彼もまた、幸人と共にこの地で暮らしていたと言う事。
「十年前……“アレ”で全てが変わっちまったな……俺も、お前も」
そして二人は何故か狂座へと属し、時を経て二人は此所で邂逅している。
十年前に何が彼等に起きたと言うのか?
「……昔話はそれ位にしておけ。それより――」
だが幸人はそれ以上は語らせない。
「何故お前は狂座に牙を剥いた? 奴等を敵に回す事が、どう言う事を意味するのか分からん訳じゃないだろう?」
過ぎた過去より重要なのは現在――幸人はようやく、勝弘へと本来の主旨を問いただした。
事の次第によっては――
「まあお互い……思い出したくもない過去だからな」
勝弘も煙草を足で揉み消しながら昔話を打ち切り、そして御互い向き合い――対峙する。
幸人は狂座の者として。勝弘は狂座に背く者として。
握り締める幸人の拳に、思わず力が入る。
事によっては“親友をその手で消さねばならない”――と。
「まあなんだ……狂座の連中を殺っていたのは、俺の存在を知らしめ、幸人……お前をこの地に呼び寄せる為。来てくれて本当に嬉しいぜ」
勝弘は事もなげにその真意を語る。予想出来たとはいえ――
「俺を呼び寄せる……そんな事の為に、わざわざ危険を犯してまで殺戮を続けていたと言うのか?」
どうも腑に落ちない。存在をアピールする必要は無い筈だ。
逢いたいのなら、連絡手段は幾らでもあった筈。その一連の行動はまるで――“狂座を敵視しているかのよう”。
幸人の握り締める拳に、一段と力が入る。真意がどうであれ、狂座は勝弘の存在を許さないだろう。
「まあ……それだけじゃないがな。狂座は“俺達”にとって、障害以外の何物でもねぇ。根本から削るのも俺の役目なんだよ――」
「どう言う意味だ?」
その言動に幸人は、勝弘の真意を計りかねないでいる。
それに勝弘は『俺達』と言った。つまり独断で動いている訳ではないと言う事。
「狂座を根本から削る――だと? 勝弘よ……お前は何がしたいんだ? お前のバックには誰が居る!?」
思わず口調も荒くなり、幸人は勝弘へと掴み掛からん勢いだ。
「――言え勝弘! “アイツ”か? アイツが裏で糸引いているのか!?」
“アイツ”
此所に赴く以前、仲介室で霸屡が言っていた事。
四年前に起きた、狂座の根底を揺るがした事件――そして今回の関連性。
だとしたら、幸人も大いに関係の有る事柄なのか。
だからこそ口調も荒くなるのか――
「落ち着けや幸人。お前らしくもねぇ……。それより――」
だが勝弘はその問いには答えず、再び煙草をくわえながら火を点けた。
「幸人よ……お前は狂座のエリミネーターとして、これまで幾多もの悪を消去してきた」
「……何が言いたい?」
狂座は晴らせぬ恨み――許せぬ悪を、悪を以てこの世から消す事を生業とする組織。
今更感な事を、突然に何を言い出すのか。勝弘は吸い込んだ煙草の煙を、夜の寒空へゆっくりと吐き出しながら――
「それで……世の中の何が変わったよ?」
狂座の存在、もとい必要性を根底から覆すかのような言葉を幸人へと向けていた。