午後の図書室は、静けさに包まれていた。本の香りと、ページをめくる音だけが穏やかに響く空間。
無口な彼は、いつもの席に座り、じっと本に目を落としている。
真面目な彼はその隣でノートを広げ、教科書を読み進めている。
言葉は少ないけれど、その存在だけで互いの時間が満たされていく。
「……わからないところ、手伝おうか?」
思わず声をかけた真面目な方に、無口な彼は小さく首を振る。
「大丈夫」
短い答えでも、その声には不思議な温もりが含まれていた。
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
ページの音と、ペンがノートに触れる音だけが、二人の世界を形作る。
時折、目が合うと、無口な彼はすぐに視線をそらす。
そのたびに心臓が跳ねるのは、きっと自分だけではないはずだ。
午後の光が窓から差し込み、机の端をやさしく照らす。
影が少しずつ伸びていく中、二人の距離も少しずつ近づいている気がした。
無言のままでも、互いの存在を感じることができるのは、図書室という静かな場所だからこそかもしれない。
「……あの、借りた本、返すの手伝おうか?」
小さな声に、無口な彼はまた小さく首を縦に振る。
その仕草だけで、胸の奥が温かくなる。
無口な彼の世界に、少しだけ自分が入れた気がする瞬間だった。
帰りのベルが鳴る頃、図書室の空気はさらに静かになる。
本を閉じる音、椅子のきしむ音、そして互いの呼吸が、ひそやかに混ざり合う。
「また明日も、ここで待ってるね」
言葉をかけると、無口な彼はほんの少しだけ笑みを浮かべ、うなずいた。
その笑顔を見て、心がぎゅっと締め付けられる。
言葉ではなく、静かなやり取りの中で互いを理解し合える――そんな関係が、こんなにも心地いいなんて。
帰り道、図書室の窓から漏れる夕日が、二人の影を少し長く伸ばす。
無口な彼の背中を見ながら、今日の静かな時間を思い返す。
ページをめくる音、ペンの走る音、そして微かな笑顔。
それだけで、世界が少し優しくなる気がするのだった。
小さな積み重ねが、やがて心の距離を縮め、静かな恋の始まりになる。
図書室の午後は、二人だけの秘密の時間。
言葉が少なくても、互いの存在を確かめ合える場所。
今日もまた、静かに、そして確かに、二人の心が近づいた午後だった。
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