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恋愛感情はありません

16 - どっちが先に死ぬ?

2025年06月07日

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「ねえ、優羅さん。死ぬのって、どっちからがいいと思う?」


その日もふたりは、屋上ではなかった。

あの日の騒動以来、学校側の監視が強まった。屋上は鍵がかけられ、ふたりがひとりになれる場所は少なくなっていた。


今、ふたりが並んで座っているのは、川沿いの公園のベンチだった。

夕暮れ、誰もいない静かな場所。聞こえるのは川の音と、時折通る自転車のタイヤの軋む音。


「……私が先に死んだら、美咲がひとりになるでしょ」


「うん。でも、優羅さんが残るのも、イヤだな」


「……どっちも残したくないってこと?」


「うん。どっちも、置いていきたくない」


夕日が沈みかけて、空は茜色に染まっていた。

ふたりの影が、長く、細く伸びて、重なっていく。


「じゃあ、一緒に、同時にってどう?」


「ロマンチック」


「……皮肉だよ」


「ふふ。でもね、ほんとに、真剣に考えてる」


美咲の声はふわりと軽く、それでいて芯があった。


「私は、“生きる”より“死ぬ”方に希望がある気がしてる」


「私も、そう思う」


「生きてると、息が詰まるんだよね。毎日、“普通”のフリして、誰にも本音言えなくて、ずっと息止めてるみたいな感覚」


「うん。だけど、美咲といるときだけ、呼吸ができる」


「それって、嬉しいけど、悲しいね」


「……なんで?」


「だってさ、ふたりでしか呼吸できないなら、世界にはもう戻れないじゃん」


優羅は、それ以上何も言えなかった。

ただ、美咲の手を取って、指先を絡めるように握った。


ふたりの手は、いつからか自然に重ねられるようになっていた。

でも、そこにあるのは安らぎじゃなく、覚悟だった。


「ねえ、もし死ぬなら、どこがいい?」


「んー……どこか高い場所。空が見えるところ」


「じゃあ、橋の上?」


「うん。飛び込んだあと、もう何も見えなくなるくらい、綺麗な空がいい」


「最期に見るのが空って、なんかいいね」


「でも、やっぱり怖いよ」


「うん。私も」


「じゃあさ……」


「ん?」


「“一緒に死のう”って、今ここで約束して、でも、すぐには死なないってどうかな」


「……え?」


「約束だけしておくの。タイミングは、そのときの“ふたりの気持ち”で決める。でも、絶対に“どっちかだけ残る”ってことがないように」


「……いいね、それ」


「“片方がいない世界では生きない”って、約束」


「約束」


ふたりは同時に、小指を差し出して結んだ。

儀式のように、静かに、重く、やさしく。





その日から、ふたりは“死ぬ準備”を始めた。


リストカットの深さが、少しずつ深くなる。

ポーチの中にあるカッターは、日に日に鋭さを増していく。


ふたりだけの共有ノートには、死ぬ方法・場所・時間帯――

そして、“遺書のような言葉”が、少しずつ書き加えられていった。


でも不思議と、ふたりは明るかった。

笑いながら未来を壊す準備をしていくその姿は、狂気と紙一重だった。


「優羅さん」


「なに?」


「もし、どっちかが突然“もうやめよう”って言ったら、どうする?」


「……怒る。泣く。許さない。でも、無理には引きずらない」


「……そっか。じゃあ、安心」


「なんで?」


「優羅さんは、きっと最後まで私の気持ちを尊重してくれるから」


「……でも、それって怖くもあるよ。あなたが“消えたい”って思ったら、私も一緒に落ちるってことだから」


「ふふ。共犯、だね」


ふたりは、深く、深く沈んでいく。

普通の世界ではもう呼吸できないふたり。

生きることも、死ぬことも、互いなしでは成立しないふたり。


「じゃあ、最後にもう一回だけ聞くね」


「なに?」


「どっちが先に死ぬ?」


「……それは、内緒」


「え?」


「だって、それは最期の瞬間まで、ふたりだけの“秘密”でしょ」


美咲は微笑んだ。

優羅も、うなずいた。


この“共犯関係”のまま、終わるときが来るその日まで――

ふたりは、誰にも見つからない暗闇を、ただ手を繋いで歩き続ける。


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