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#戦乙女
234
鉱物化した手のひらと膝が、石の床を猛スピードで削っていく。
バチバチバチッ!!
火花が散り、石が砕け、床が泣いている。
(……反省とは、摩擦だ……!)
私は今、謝っている。
削れた床に、まっすぐな謝罪の溝が彫られていく。
誠意はある。礼儀もある。
私のこの想いが通じなければ、殴る。
つまり、邪魔なら殴る。なんならフルボッコ。
減速? 知らん。そんな予定はない。
足元のリツが、ぶるりと革を震わせる。
『……サクちゃん、嫌な予感しかしな──』
「謝罪しながら突っ込んでくる!?」
エクセルが初めて声を荒らげ、一歩後ずさった。
「誠意を持って、通してもらうぞぉおおッラァーーー!!」
謝罪とは、敗北ではなく、敵の懐に入るための手段だ。
そして今、私はものすごい勢いでその懐に向かっている。
「せ、誠意とはなにかね!?」
エクセルの足が、半歩だけ後ろへ逃げた。
「誠意!? 筋肉のことだろぉおおおッ!!」
『……最悪の理論……』
リツが、ボソッと呟く。
私はエクセルの目前で思いきり床を蹴った。
加速の勢いを、そのまま前転に変える。
くるり──
視界がひっくり返る。
床、壁、天井、エクセルの銀縁眼鏡──全部が一瞬だけ混ざる。
「見ろリツ!! 私は今、反省と暴力を両立している!!」
リツの加速による直進の勢い。
前転の遠心力。
鉱物化した右足の重さ。
黒歴史から湧き上がる怪力。
全部まとめて、かかとに乗せる。
『……倫理、限界突破……!』
リツの呟きが聞こえたと同時に、私の脳裏にムダ様の声が響いた。
『──名前が長い技はだいたい強い。
英単語の頭文字をドットで略すやつはだいたい伝説。
つまり、長くして略せば無敵!!』
「さすがムダ様!! 納得感しかない!!」
「くらえ!! ごめんなさいの《スライディング土下座かかと落とし・誠意一式》!!
英語名、Sliding Gomen Kick Overdrive!!」
『……え……Gomen……なに……?』
リツが、足元で困惑している。
「略して、S・G・K・Oォォォォ!!!」
私はリツのかかとを、エクセルの脳天めがけて全力で振り下ろした。
『……え、ちょ!? 私のかかとで!? やめ……ぁあああああ!?』
巻き込まれたリツの断末魔と──
「申し訳ありませんでしたぁ!!」
──私の謝罪が重なった。
「くッ!?」
エクセルが慌てて防御の構えをとったが──
ズドム!!
かかとが、エクセルを石床へ叩き込んだ。
「ぶへッ」
エクセルから、管理参謀らしからぬ変な声が漏れた。
空気が爆ぜ、エクセルの足元から蜘蛛の巣みたいなヒビが広がり、亀裂が廊下の壁まで一気に走り抜けた。
ドガガガガガガァァン!!
破片が雨みたいに降ってくる。
土煙が廊下を埋めた。
凄まじい謝罪の衝撃波が、暗い廊下の奥へと吹き抜けていく。
ガラガラガラ……。
「ごめんなさいでした!!」
『……私の妹……怖い……自爆したい……』
そして──土煙が、ゆっくり晴れた。
「謝罪……の衝撃波……こんな……非論理的な技が……」
薄れた土煙の向こうで、エクセルが片膝をついたまま揺れる。
よし、謝罪が効いてる。
これなら通してくれる。
「リツ!!」
『……なに……?』
足元のリツが、力なく応える。
「今のうちに行くよ!!」
『……逃げる……ってこと……?』
「違う!! 誠意あるダッシュ!!」
私は踵落としの反動を使って床に着地した。
『……いや、だから……それは逃げ……いいや、理解……』
ズザザザザッ!!
着地の勢いのまま、私は低く身を滑らせた。
鉱物化した手のひらと膝が、再び石床を削る。
倒れかけたエクセルの横をすり抜ける。
「失礼します!!」
「待ちなさい……」
エクセルが、かすれた声で手を伸ばす。
「謝罪済みです!! 失礼します!! お疲れ様でした!!」
私は軽く頭を下げ、その手をすり抜けた。
通過? 突破? 逃走?
知らん。
今の私には、前に進むことしかなかった。
だが、その時。
背後から、エクセルの掠れた声が聞こえた。
「……自動……保存……」
「……回復魔法!?」
私は思わず振り返り、足を止めかけた。
「管理術式……復旧処理中……完了まで──……」
エクセルの声が、そこで途切れた。
『……サクちゃん……逃げるなら、早く……』
リツが鋭く囁く。
「う、うん!!」
その時、目の前に階段が見えた。
ほんのり明るい。
あそこまで行けば、ひとまず逃げ切れるかもしれない。
「リツ!! あそこ!! 階段!!」
『……行こう……靴は……走るものだから……』
リツの靴底が、赤く爆ぜた。
ドンッ!!
私の体が、階段へ跳ねた。
「うわっ!?」
足が段を蹴り、体が無理やり上へ運ばれていく。
踊り場までは、あと少し。
「リツ!! もう一回!!」
『……靴底……もう薄い……』
リツが、限界をにじませる。
「あとで靴底休暇あげるから!!」
『……有給……?』
リツが、少しだけ興味を示した気がした。
「たぶん!!」
『……走る……』
リツが、もう一度赤く光る。
ドンッ!!
リツに押し上げられ、踊り場へ飛んだ。
ズザザザザッ!!
そのまま滑り込んだ。
そこで、ようやく勢いが切れた。
痛みが遅れて追いついてきた。
膝は震えて、腕には力が入らない。
足の裏は、まだ焼けるように熱い。
息を吸うだけで、胸の奥が痛む。
でも、抜けた。
私は振り返る。
下の通路では、エクセルがよろめきながら立ち上がろうとしていた。
銀縁の眼鏡は割れ、スーツはボロボロ。
それでも、まだバインダーを手放していない。
「……追跡処理、継続……」
「しつこい!!」
『……また来る……?』
リツが、げんなりと言った。
「来るね。あれは絶対来る」
『……嫌だ……しつこいの……嫌い……』
「私も!!」
私はリツを履いた足を引きずるようにして、立ち上がる。
『……さっきのって……謝罪……?』
リツが、不思議そうに尋ねた。
「謝罪だよ」
『……筋肉だった……』
「誠意だったよ!!」
見下ろすと、リツのかかと部分が、石粉まみれになっていた。
さっきの踵落としの衝撃で、まだじんじんしている。
『……痛い……存在が痛い……』
「それは、生きてる証拠!!」
『……靴だけど……』
「細かい!!」
崩れた床も、長く刻まれた謝罪の溝も、背中に置いていく。
倒したかどうかなんて、今はどうでもいい。
進むんだ。
「……さぁ行こう。光、探すんだ」
『……また、誰か殴る?』
リツが、おそるおそる訊いてきた。
「殴るんじゃなくて、誠意ね。……うん。全力で誠意をぶつける。」
『……また私で……?』
「うん、たぶん。頼りになるし」
『……理解した……道を選べない靴は……せめて終わり方くらい、選びたい……』
「急に深い!!」
私はリツのネガティブを蹴飛ばすように、さらに階段を上った。
床は割れ、城の奥から響く気配は、まだ遠ざかっていない。
ふざけていないと、足が止まりそうだった。
瘴気が濃く、肺が焼けるように痛い。
膝も腕も、さっきの摩擦でズキズキしている。
でも、止まる気はなかった。
一段上がるたび、世界が少しだけ重くなる。
下から、ズズン、と地鳴りのような音が響いた。
魔神王ワロス様の気配だ。
安全な場所は、まだ遠い。
それでも、足元には、文句を言いながら走ってくれる姉がいる。
(……みんな、待ってて)
(絶対に帰る。今度は、笑って)
「まずは辰夫とユズリハと合流しないとね」
『……え、ユズ姉……会いたい……』
リツの声が、ほんの少しだけ、明るくなった気がした。
私も、少しだけ息を吸えた。
怪力が、ふっと抜けた。
筋肉に変換していた恥が、元の形に戻ってきた。
白い会議室。
並んだ真面目な顔。
私の口から出た、あの声。
(しゃくらと申しまちゅ)
そして、そこにいる全員が、優しい顔で黙っていた。
「やめろ!!」
思わず叫んだ。
敵の追跡より先に、前世の業が追いついてきた。
『……サクちゃん……?』
「大丈夫。今、社会的に……また死んだだけ」
私は暗い天井を見つめ、蜘蛛を探した。
(つづく)
◇◇◇
──【グレート・ムダ様語録:技名の法則】──
『名前が長い技はだいたい強い!
英単語の頭文字をドットで略すやつはだいたい伝説!
つまり、長くして略せば無敵!!』
解説:
技名は長いほど強そうに見える。
略称がつくと、さらに強そうに見える。
人は意味より雰囲気に負ける生き物だからだ。
コメント
1件
ああもう、今回も最高でした……!「謝罪=摩擦」「誠意=筋肉」って理論、完全に狂ってるのに納得させられるのがさくらんぼんさんの凄いところです(笑)。エクセル相手に「ごめんなさいのスライディング土下座かかと落とし・誠意一式」をぶちかますサクちゃん、そして靴なのに「存在が痛い」って呟くリツの姉妹漫才がもうたまらなかったです。最後の「しゃくらと申しまちゅ」回想で社会的に死に直すところも含めて、笑いと切なさと勢いがギュッと詰まった1話でした🌷続き、楽しみにしてます!