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『お? マジか。さすが拓人、仕事が早いな』
電話の相手が画面の向こう側で、前のめりになって話しているように拓人は感じ、思わずククッと笑ってしまう。
「歳は俺らと同世代か、少し下くらいだと思うんだけど、女に歳を聞いたら『どこまでも失礼なヤツねっ』って怒られたわ」
『…………気の強そうな女だな』
「まぁ……気は強いな。けど、お前の性欲が満たされれば、美女だったらいいんじゃん? お前は大手企業の次期社長なんだし、大っぴらに女を買って性欲解消なんて、できないだろ? セレブが行ける隠れ家的な娼館なんて、ないワケだし」
『そりゃそうだ』
電話の男が、ハハッと乾いた笑いを零しているのが微かに聞こえてくる。
「ってか、廉。お前、女を買うくらいなら、彼女を作った方がいいんじゃないのか? お前はイケメンだし、いずれ会社を継ぐ立場の男だ。言い寄ってくる女は、ごまんといるだろ?」
『…………』
廉と呼ばれた男が、スマートフォン越しに沈黙した。
『…………いや、特定の女は……もういい』
「…………お前……もしかしてまだ……好きだっ──」
『俺の中では……もう終わった事だ』
拓人は、大学時代の友人でもある廉に、何かを言おうとしたが、先に続く言葉を退けられると、残りの言葉を喉の奥に押し込む。
「…………そっか。なら、俺が拾った女を抱いて楽しめよ。明日、土曜日だろ? その女と会ってみるか?」
『そうさせてもらうとするか。なら、明日の正午に、西新宿の電鉄系ホテルの正面玄関前に、ダークグレーのスーツを着て待ってるわ』
「お前、よっぽどヤリたくて飢えてるのか? まぁいいや。お前の素性は伏せて女に伝えておくわ。じゃあ、明日、よろしく」
拓人は、通話終了のアイコンをタップした後、スマートフォンの電源を切る。
(あの女が起きたら、すぐに伝えないとな……)
男は、バスローブを脱ぎ捨てると、バスルームでシャワーを浴びた。
(この生活も、いつまで続くんだろうな……)
シャワーに打たれながら、拓人は回想の海に身を投じていた。
追手に居場所を知られないように、スマートフォンの電源を切ったままの生活は、不便過ぎてイラついてしまう。
拓人が手を染めた闇バイトの首謀者は、ゴールデンウィークを過ぎても、まだ逮捕されていない。
『送迎役』と呼ばれている主犯格の数人も、恐らく拓人を探し回っているだろう。
黒幕が誰なのか、見当も付かないが、拓人が初めて心から好きになった女、九條 瑠衣に対して、よほど恨みがあるのだろう、と推測した。
(瑠衣ちゃん…………元気かな……)
スコールのように降り注がれるシャワーの中で、少しの間、感傷に浸る拓人。
(いや……俺は彼女の恋を応援するって、言ったんだよな……)
蛇口を捻り、シャワーを止める。
両手で伸びた髪を後ろに撫でつけると、男は短く息を吐き切り、バスルームを出た。