そしていよいよ海斗達のツアー最終日である東京公演の日がやって来た。
この日美月は母と武道館へ行き会場で亜矢子達夫婦と落ち合う事になっていた。
美月の体調はだいぶ回復していた。
つわりも精神的不安が取り除かれた事によってかなり軽減し食欲もだいぶ戻っていた。
美月が出かける準備をしているとインターフォンが鳴った。母の佳代子が来たようだ。
佳代子はアパートへ入るなり家で作って来たきんぴらごぼうや切干大根などの総菜と梅干が入った容器を美月の冷蔵庫へ入れ始める。
「ありがとう。食欲がない時にお母さんのお惣菜だったら食べられるから助かるわ」
美月は嬉しそうにそう言った。
出発まではまだ時間があったので美月は佳代子にお茶を入れた。
その間佳代子は窓辺に飾ってある桜貝の瓶を見つけ手に取ってから娘に聞いた。
「この桜貝は?」
「それは以前海斗さんに葉山に連れて行ってもらった時に波打ち際で拾ったの」
それを聞いた途端佳代子が驚く。
「お母さんもお父さんと初めて海に行った時に桜貝を拾ったわよ」
美月も驚く。
「どこの海で?」
「江の島だったわ」
佳代子は当時を懐かしそうに思い返しながら言った。
「お父さんはあの時桜貝を見つけてから貝殻に興味を持ったの。それまでは天文一筋だったでしょう? それからは海に行くと必ず貝殻拾いをしていたわ。だからあなたが子供の時貝の図鑑をプレゼントしたのね。幼い頃のあなたはあの図鑑が大好きでいつも見てたじゃない?」
「お父さんとお母さんも桜貝の想い出があったんだね。その桜貝は今どこにあるの?」
「どこに行っちゃったかしら? もしかしたらお父さんの机の引き出しにあるかもしれないわね。家に戻ったら探してみるわ」
「見つかったら私にも見せてね」
美月は母に頼んだ。
それから二人は迎えに来たハイヤーで武道館へ向かった。
会場に着くと浩と亜矢子はもう座席に座っていた。海斗から貰ったチケットは最前列の中央付近だった。
「浩さん、亜矢子、今日は来てくれてありがとう」
「美月ちゃん体調は大丈夫? 今回もチケットありがとう。最前列なんで亜矢子とビビッてます」
浩は笑顔で言うと今度は佳代子に向かって言った。
「おばさんご無沙汰しています。お元気そうで良かった」
「浩さん、告別式の時は色々とありがとうございました。お変わりなくお元気そうでなによりです」
母は浩にに微笑んだ後今度は亜矢子の方を向いて聞いた。
「亜矢子ちゃんこの間はありがとうね。体調は大丈夫?」
「はい、私は美月と違ってつわりもほとんどないみたいで、逆に食欲がすごくって太っちゃいました」
亜矢子はそう言って笑った。
挨拶が終わると四人は着席した。
今回のコンサートツアーは大人向けのしっとりしたプログラムという事で全ての観客が着席スタイルで鑑賞する事になっていた。
そのせいか周りを見渡すとかなり高齢の人もちらほら見受けられる。
美月達の席の後ろには『日本宇宙開発機構』の名札を首から下げた人達が招待されていた。その周りにもスポンサー等の企業関係者と思われる人達が数多くいた。
そしていよいよ開演時刻になり開演を知らせるブザーが鳴り響いた。
会場内の全てのライトが消え暗闇に包まれる。
その間に海斗達が舞台でスタンバイしている様子がうっすらと見えた。
準備が終わったと思った次の瞬間、中島のギターのソロ演奏が始まった。
「earthshine~光と影~宙は繋がっている」
これが今回のツアーのキャッチコピーだ。
それにふさわしい壮大な宇宙のイメージが中島の伸びやかなギターの音色で表現され会場内に響き渡った。
そこへ吉田のドラムと山崎のベースが加わると、舞台全体がライトに照らし出されて舞台の中心に海斗の姿が浮かび上がった。
その瞬間観客席から歓声が湧き上がりしばらくの間「海斗―!」「海斗さーん!」という声で会場内は賑やかになった。
「今日はツアー最終日ラストライブに来てくれてありがとう!」
海斗が挨拶をすると会場内からはさらに大きな歓声が湧き上がった。
次の瞬間、その歓声をかき消すかのように一曲目の演奏が始まった。
一曲目は美月達が山中湖のロックフェスで聴いた「earthshine(地球照)」だ。
しかし今回の演奏はロックフェスの時のものとは少し違っていた。今回のライブでは弦楽器中心のストリングスチームが加わっているのでさらに重厚で壮大なアレンジに変わっていた。
クラシック音楽が好きな美月の母はバンドの演奏にバイオリンやチェロの音色がプラスされた豪華なアレンジを聴いて感動していた。まさかロックとバイオリンの饗宴を聴けるとは思ってもいなかったようだ。
そこへ海斗ののびやかな力強い歌声が加わり一曲目にして既に観客全員を魅了した。
二曲目以降は、映画の主題歌候補にもなっている『虹の入江』、そしてロック調のアレンジの『月光』、ロマンティックでスローなバラードの『月への階段』、更にドラマの主題歌に決定した『桜色の月』などが次々と披露された。
その合間には、海斗の昔の曲で当時ドラマ主題歌にもなった『月夜』や『月の雫』なども織り込まれた。
豪華な曲目で内容の濃いライブだった。
そしてその名曲を聴いた観客全員がsolid earthの虜になりすっかり引き込まれ、感動のあまり涙を流している人も多くいた。
時間はあっという間に過ぎいよいよラストの曲になった。
そこで海斗はスタンドからマイクを外して手に持って話し始めた。
「えー、今回二ヶ月に渡って日本全国を回って来た俺達のライブも今日がラストです。今回のテーマは宇宙そして月をイメージしています。月ってみなさん見上げた事はありますか?東京のように街明かりで明るい夜空でも月は日常的に見える身近な天体です。その月は日々変化し様々な姿を俺達に見せてくれます。もしあなたに辛い事や悲しい事があったらどうか夜空の月を眺めてみてください。もしあなたに嬉しい事や楽しい事があったら夜空に輝く月を見上げてみて下さい。月は人と人を繋いでくれます。例え離れた場所にいたとしても月を通して繋がる事ができます。宙は繋がっています。ほんの少しでもいいから夜空の月を眺める時間を作ってみて下さい」
海斗の話が終わると大歓声が湧きあがった。
あちこちから「海斗―!」「海斗さーん!」という声や指笛がひっきりなしに響き渡った。
「それでは最後の曲になります。この曲はニューアルバムの最後に収録されている『月の指輪』という曲です。この曲は大切な人の為に作りました。心を込めて歌います。今日は来てくれて本当にありがとう! solid earthでした」
海斗は後ろを向くとメンバー一人一人の目を見て合図をした。そして最後の曲がスタートした。
海斗はスタンドマイクを両手で掴み込むと最前列にいる美月の目を見つめながら丁寧に歌い始めた。
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「月の指輪」 作詞・作曲 沢田海斗
夜空に月が輝く夜に 君と出逢ったね
その瞬間モノクロの世界が彩りを放ち
輝く星のように 幸せを散りばめていた
夜空に月が輝く夜に 君は泣いていたね
その瞬間俺の心は激しく痛み
広がる宙そらのように 君を抱きしめ包んでいた
繰り返す波のように 君と時を重ねていく
流れる星のように 君と輝きを見つけたい
逢いたい気持ちを抑えられず 俺は君の元へと走る
ただ一緒にいるだけでいいんだ いつも傍にいて
ただ一緒に笑うだけでいいんだ いつも笑顔でいて
月の指輪をはめて欲しい 二人はずっと永遠に
月の夜空を眺めて欲しい 俺と一緒にずっとずっと
夜空に月が輝く夜に 君はとても綺麗だったね
その瞬間俺の心は辿り着く
輝く星のように 光を繋ぐ場所を見つけた
夜空に月が輝く夜に 君は笑っていたね
その瞬間俺の心は居場所を見つけた
広がる宙そらのように 君を抱きしめ受け止める
繰り返す波のように 君を愛し続ける
流れる星のように 君に光を届けたい
逢いたい気持ちを抑えられず 俺は君の元へと走る
ただ一緒にいるだけでいいんだ いつも隣にいて
ただ一緒に笑うだけでいいんだ いつも微笑んでいて
月の指輪をはめて欲しい 二人はずっと永遠に
月の夜空を眺めて欲しい 俺と一緒にずっとずっと
あの日浜辺で拾った 桜色の貝殻のように
二人の想い出一緒に集めて 永遠とわに暮らそういつまでも
二人の喜び一緒に集めて 永遠とわに愛を誓ういつまでも
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それは甘く切なくとても優しい曲調だった。海斗の声も耳に心地よく響き囁くような優しい歌声だった。
大勢の観客の目からは涙が溢れていた。そして美月の目からも涙がとめどなく溢れていた。隣を見ると母も亜矢子も泣いていた。
美月はこの曲を聴きこれが海斗からの本当のプロポーズなのだと思った。
海斗は美月へのプロポーズを曲にして表現したのだった。
演奏が終わると最後にメンバー四人が手を繋いで舞台の中央に出て来た。
そして深くお辞儀をした後手を振りながら舞台袖に消えて行った。
その後激しいアンコールの歓声が響き続けた。
その歓声はいつまで経ってもやむことはなかった。
コメント
5件
何度読んでも感動‼️ 美月ちゃん、幸せだねぇ😭💝
永遠の愛💖の証✨月の指輪🌕✨見つかったね✨🥹
ステージから 美月ちゃんへプロポーズ....🌙✨💍✨ 海斗さんの美しい愛の歌に 涙が止まりません😭💝